人間ってのは都合がいい生き物だ。
自分の境遇が恵まれている時は、自分と同じもの、似たものが好きなんだ。
自分が肯定されているように思う。同じものの中にいても自分が突出しているように感じる。
優秀な奴なら尚更だ。
けれども、一旦自分の境遇に疑問を持ってしまうと。あるいは自分の境遇が不幸なのでないかと感じてしまうと。
勝手なもんだ。自分と同じもの、似たものを否定したくなる。
違う、自分はそんなんじゃない、自分はもっと異質なものだ、と声高に主張する。
現実を受け入れられないんだろうな。
受け入れたら最後、今まで自分が関わってきたもの、誇らしく思ってきたもの、全てが壊れそうで。
守ってきたものの意味を考えるのが、怖いんだ。

だから俺は、お前と異なる道を選んできて、よかったと思ってるよ。
同じじゃないから、お前はいかに弱っていても、俺に見栄を張ったり隠し事をしたりしない。
もし俺がお前と同じ男でなかったら、お前はきっと俺を手放せなくなってたと思うぜ。


似て非なるもの


綺麗な月が西の空に出ている。
月は、今にも満ちそうな危うい円形の姿をしているときが一番美しい。
溢れんばかりの柔らかい光が、完全な形になる前の刹那。一月に一度くらいしか巡ってこないその瞬間に出くわした時は、幸運であるように思う。
益田はベッドの上で胡坐をかいて、大きな窓から見える夜空を楽しんでいた。夜はいつしか更け、2時を回っていた。
耳を澄ますと、規則正しい寝息が、背後から聞こえてきた。一人で眠るにはかなり大きな彼のベッドだが、二人居てもまだ余裕がある。背後で寝ている奴は益田よりよっぽど背が高いにもかかわらず、だ。三人くらいここで寝られるんじゃないか。後方の寝息に応じるようにそう呟いて、益田は己の前髪をそっとかきあげた。

今日の氷室零一―益田の友人の名前だが―は荒れていた。
仕方ない。今日は彼が勤めるはばたき学園の卒業式だった。氷室は恋をしていた。傍から見ていれば一目瞭然だった。益田の勤める店に、相手を連れてきたこともある。そのときは驚いたものだ。かっちかちに道理や倫理を固めたような氷室が連れて来た女の子というのは、彼が教鞭を振るっていた教え子だった。氷室の性格を考えれば、それまで教え子に手を出すなどということは考えられなかった。少女をよほど好いていたのだろう。彼女に向ける真摯な眼差しは熱っぽかった。恋をしている男の目だと、見ればすぐに分かった。
だが、時代が違うと言うのかね。年齢の差は恋には関係ないと言うが、年齢が育んできた価値観の相違というものは、どうにもならない。氷室がそっと想いを寄せていた少女は、聞いたところによると、氷室の他に彼女を思っていた男とくっついてしまったのだそうだ。彼女の相手は一見するとちゃらんぽらんだが、根は真面目、愛を囁かせれば超一級、何より積極的…なのだと。その男に、氷室は、優しく見守っていた女の子を横取りされてしまった、というわけだ。
今日の卒業式、少女と男が仲睦まじく校門を出て行くのを、恐らく氷室は切ない想いで見送っていたのだろう。

「馬鹿だな、お前。」
やるせない想いを一人でやり過ごすのが耐えられなかったに違いない。店を開いた時からカウンターに座り、物凄い速度で酒をあおっていた氷室に、益田はため息混じりに言ってやったのだ。
「近頃の女の子は、脈がなさそうだと思ったら、どんなに好きだと思っていた相手でも諦めるもんなんだよ。他にスキスキって言ってくれる男がいるなら尚更だ。とっとと押し倒して既成事実作っておけばよかったんだ。」
軽口を叩く益田を、氷室は真っ赤な瞳で睨んだ。
「お前は、そもそも何の話をしてるんだ。別に俺は彼女のことで気を揉んでいるわけではないぞ。」
氷室零一という男は、本心を語りだすまでに時間がかかる。益田はそれを心得ていたので、「はいはい」と適当にあしらいながらも、懲りずに「で、結局、どこまでしてたんだ」と続ける。
「どこまでとは何だ。言っておくが、俺は彼女に対しては健全な社会見学にしか連れ出していない。」
健全、ねぇ。その言葉が出てくる時点で、多少なりとも下心があったと思われても、言い返せないぜ?
益田は苦笑しながら、「まぁ、飲むだけ飲め」と空になった氷室のグラスに勢いよく酒を注いでやった。アルコールに誘われて、吐き出せることもあるだろう。こういう生真面目な人間はガス抜きが必要なのだ。そして氷室は少なからずこの店―と益田―にその役割を求めているふしがある。頼られて、嫌な気はしない。
「で、たとえば、どういうところに行ってたんだよ?その社会見学とやらにはさ。」
「むぅ…。大したところではない。」
「ならいいだろ。言っちまえ。相手は卒業したんだから、関係ないだろうが。」
「生徒というのは、3月31日を迎えるまでは、生徒なのだ。」
「でも、生徒の方はそんな悠長に高校生活を延長したりはしないだろ?車の免許取ったり、ひとり暮らしの準備をしたり。」
「………。」
氷室は言い返さなかった。名分と現状の差に、彼自身も勘付いているところがあるからだろう。はぁと一つ息をつくと、諦めたように益田の問いにぽつぽつと答え始めた。
「主にドライブだな。後は映画鑑賞、ビリヤード、音楽鑑賞…。」
「それってさ、デートじゃん。」
益田がすかさず突っ込みを入れる。いい具合に酔いが回り始めていた氷室は、赤い顔を更に赤らめて「違う」と小声で言った。いつも思うことであるが、往生際が悪いとはこういうことを言うのだ。益田は面白そうにおどけ、肩をすくめて見せた。
「で、いい年こいた男が、何にもしなかったわけだ。」
「当たり前だ!彼女は俺の教え子だ。そのようなことを目的に社会見学を試みたわけではない!」
「へーへー、分かったって。」

客入りが多くなる時間には、益田も氷室だけに構っているわけにはいかなかったが、それでも益田は辛抱強く氷室に付き合った。
どうしても相手を出来なさそうな時間になると、けしかけ、ピアノへ向かわせる。そうすれば、氷室のガス抜きは大方終わるからだ。
だが、いつもどおりにはいかないその日の夜は、なかなか氷室の中からガスはなくならない。
飲んでも、語っても、ピアノを弾かせてみても、くすぶるこころ。
いつかは時間が癒してくれるその想いも、まだ記憶が新しいときには痛みが引かないのが常だ。

仕方がないから、益田は閉店後、閉店までみっちり飲んでいた氷室を自分の家に運び込んだ。
一晩かけて飲ませれば、やがて甘い眠りに誘われることだろう。一晩寝て、二日酔いにでも苦しまされれば、また日常どおりの生活に戻れるに違いないと考えたからであった。
しかし、よほど思い入れていた恋だったのか、氷室の荒れ模様は半端ではなかった。
益田は、今はすっかり寝入っているが、先ほどまでは一生寝ないのではないかと思うくらいに激しい感情を高ぶらせていた氷室を思い出し、失笑する。
不思議なものだ。
子供の頃からずっと一緒にいたのに、お互い好きなのは女だと分かっているのに、あまりに辛くなりすぎると、そんなことさえどうだってよくなるんだからな。



氷室は益田に手を伸ばしてきた。
人肌恋しかったのか、あるいは何かに慰みを求めたのか。氷室ほど背丈があるわけではないが、決して女性らしい丸みや柔らかみを持っているわけでもない体に、すがるようにしがみついた。
益田に誰かを重ねていたのかもしれない。アルコールの香りを振り撒きながら、益田に後ろから抱きついた氷室は、益田のシャツのボタンをぷちぷちと器用に外し、するすると肩から脱がせていった。
「…こら、何してる。」
一泊の宿は貸してやってもいいが、身体まではやれんぞ。
冗談めかして言った益田の言葉に、氷室は一言「うるさい」と返した。
日に焼けた益田の体に、うなじから口付けを落とす。細い唇だが、アルコールによる高温の熱を持っていた。益田の体はなぞられ、震えた。
「…おい。」
微震を気付かれないようにけん制してみたが、既に氷室は酔っ払い。聞く耳など持つわけがなかった。
脱がせかけのシャツの合間から手を挟みいれ、益田の体を丁寧になぞった。程よく筋肉のついた益田の体は、表面がさらさらしている。それが氷室の気に入ったようで、氷室は益田の体を鎖骨、胸部と撫で回した。
「………っ。くすぐったいんだけどさ?」
氷室の指が益田の小さな胸の突起をつまんで、こねるものだから、ぴりりとした刺戟が益田に襲い掛かった。背中に口付けを落とし続けていた氷室の唇から伝導した熱が、じわじわと下半身にまで広がり始めていた。
「……お前、俺を勃たせる気?」
茶化す言葉に、徐々に絶え絶えの息がかぶさり始めた。氷室は、何も言わなかった。ただ益田の体の細部まで手で確かめたいかのごとく、背後からひたすら愛撫を続けていた。
「んっ…ぁ!」
益田から思わず嬌声が漏れたのは、氷室の手が益田の腰部にかかったときであった。男性にしてはくびれた腰を持つ益田の体のラインを、氷室がじっくりと指で楽しむ。さすがにピアノ奏者だ。細くて長い指が自在に動けば、相手が男であると分かっていても、身体は感じてしまう。
氷室は、益田の声が男のものであることなどは一切無視し、それが快楽による悶え声だということだけを判別したらしい。じっくりと益田の腰部を指でなぞり、益田が着用していた黒い革のパンツにも手を伸ばしてきた。
パチン、と銀色のボタンを弾き、ジッパーを下す。
益田の耳たぶに唇を添え、甘く噛むと、下着を革の衣服をずりずりと下していった。
そして腿の途中まで衣服を下すと、再び背後から腰をかき抱くようにして、益田の腰部に手を当てた。
あーあ。
荒くなる息を飲み込んで、益田はちらりと己の足の付け根に目をやった。
零一も零一だが、俺も俺だ。
触られて、勃っちまった。
ぶるりと下着から顔を出した益田のそれは、べったりとくっついた氷室の手が彼の体を細かく愛撫したことによって、いまや猛々しく天を向いてしまっていたのであった。

ちゅ、ちゅ、と益田の耳たぶに奏でられる小さな水音の旋律を楽しんでいる後ろの男に、益田はほんの少しだけ体を振り向かせた。
「お前さ、よっぽどやりたかったんだな。」
悪戯っぽく笑って、その紫の瞳を覗き込む。酒に染められたその瞳は、悲しげに否定を唱えていたが、その奥に見える狼狽が真実を物語っていた。
「先生ってのも、大変な仕事だなぁ。やりたいのにやれないなんてさ。俺だったら、絶対無理だね。そんな仕事。」
慰めるように言って、益田は氷室に向かって体を捻った。手を差し出し、夜の闇にも負けない輝きを放つ銀色の髪を丁寧に梳いてやった。氷室は益田の手が動くままにさせ、「馬鹿言え」と残っていた己の正常な意識で益田に言葉を返した。
「お前みたいに、夜の仕事をやっている奴に何が分かる。そんなだから、不健康になるんだ。」
「不健康?俺が?」
益田は笑った。氷室に擦り寄るようにして、氷室の唇を舐めた。髯が全くない氷室の顎はつるつるしていた。
「いやいや、俺のほうがよっぽど健康的だと思うね。俺は、やりたいときに女を抱いてる。」
「心も伴わないのに身体だけ重ねて、何が楽しい。」
「それは理想論だな。俺は出せればそれでいい。」
「最低だ。」
「そうかもな。」
氷室の咎めるような言葉にあえて抗議せず、益田は口角をあげた。益田の腰に頼りなく残っていた氷室の手をとり、硬直している己の逸物を握らせる。氷室の表情は全く変わらなかった。
「今日は、お前がここまで勃たせたんだから、お前が責任取れよ。俺は、出せれば相手が誰であろうと構わない主義なんだ。」
益田の言葉に、氷室は呆れたように「なんてやつだ」と言った。だが、不愉快ではなさそうであった。「お前は全くどうしようもない」と小言を加えてくる様子を見るに、少しだけいつもどおりの氷室が垣間見えた。

やがて、唇が時折重なり合う下方で、氷室が益田のそれを扱き始めた。益田の先端は先走りで濡れ始めていたので、いとも滑らかに氷室の手は動いた。
「は…ぁっ」思わず漏れる悦楽の喘ぎ。
男に握られてこんな声をあげるなんて、俺もどうかしている。
益田は己を嘲笑うように、氷室の手が寄越す下半身の甘い疼きに震えた。
神経質そうに眼鏡のフレームをあげる指、不器用にグラスを傾ける指、楽しげにピアノを弾く指…。長年一緒にいるからこそ多くの場面で見てきた氷室の指が今、己のそれを慰めるために触れているのだと思うと、押し寄せる悦びは一層であった。
規則的な間隔をあけて口付けてくる氷室の唇に舌を割り込ませた。ちょっと本気で体を重ねたくなってきてしまった。友人であったからそのような目で見たことはなかったが、このような指を夜の営みで使わないのは、宝の持ち腐れだと思う。
「お前…、うまいな。いつもそんな風に自分のもやってんだ?」
悪魔のように微笑を浮かべた。すると氷室は、手を動かしつつも、少しだけ戸惑いを見せた。「…何を言う。」
「別に恥ずかしがることじゃないだろ?男なら皆そんなもんだ。ていうか自分で抜いてないんなら、どうしてんだよ?」
それともまさか、風俗にでも行っておねえちゃんにやってもらってるわけ?悪戯っぽく目を輝かせて言う益田に、氷室は「断じてそのようなことはない」ときっぱり言った。
それから躊躇いがちに「言っておくが、そこまでお前に聞かれる筋合いはない」と続けた。益田は笑った。
「つれないな。…お前が上手いから、いつもの営みの賜物かなと思ったのに。」
「上手い?」
「そ。お前…、こっちでも食って…いけるぜ。」
はぁ、はぁ、はぁ。
次第に息があがっていく益田の様子を改めて見直して、氷室は益田の言いたいことを漸く理解したようだった。困惑した表情の中に、不思議な色が宿る。氷室を更に誘惑するように、益田が囁く。
「なぁ…零一…。お前がいつも自分でやってるようにやってくれよ。お前が俺をこんな風にしたんだろ?いかせろよ…。」
氷室は右眉を捻った。けれども益田の言葉に対し、反論を唱えることはなかった。ただ益田のそれを握る手だけが更に艶かしく動き始めた。ピアノの鍵盤を叩くように、指を絡みつかせながら益田のそれを握っていく。
「あ、あぁ……ッ。」
たまらず、益田は大きな声をあげた。
女に嬌声をあげさせることなら得意だが、自分でこのような高い声を発する日がこようとは思いも寄らなかった。人生、何があるか分かったもんじゃない。
いつしか益田は氷室にしがみつくような恰好になっていた。氷室が手を最大限に動かせる位置に腰を動かし、氷室の手に体を委ねる。益田のそのような快楽への願望を心得ているのか、氷室は焦らすように手を動かしはじめた。
コイツ、毎日こんな感じで抜いてるんだ。…こりゃ、コイツと付き合う彼女、手ではなかなかいかせられないぞ…。
などと考える先から、益田の口から「もっと…」とねだる声があがる。
氷室の指は細くて長いものだから、扱く際に益田の根元からしっかり掴み取れる。指の腹の動きも、益田のそれに浮き上がる細かい血管ですら撫で上げていく。
「ア…っ。い…くッ……!!」
下方から上へ。
扱く中に誘導される射精の道筋に、益田の鉄棒が白い液体を噴出した。
「ん…あぁ…」残る快楽の波に身を埋めるように益田が呟いた。氷室の手は益田の白濁液にまみれていたが、氷室はまだ益田のそれから手を離そうとはしなかった。恐らく自分の自慰の折でもそうなのだろう。絶頂の波が引くまで、ゆっくりと快楽を反芻させてくれるらしい。そのひいては返す波に似た、心地よい快楽の揺さぶり。益田は腰を突き出すような恰好をして、氷室の手のままにさせた。

「ふ…ふふ」そのうち、落ち着いてきた益田は、自分が笑っていることに気付いた。男の自分が、悪友と思っている男の手の中で頂へ昇ったのだ。しかも非常に気持ちよくイってしまった。それがとても可笑しかった。
氷室は訝しげに、笑う益田をねめつけてきた。絶頂を迎えて気でも狂ったか。そう言わんばかりの呆れ顔。いつもの氷室が滲んでいるその表情も、今日は少しだけ心細そうに見える。
「ん?どうかしたか?」
益田は、子供をあやすような視線をやって、絡みつくように氷室の背中に手をまわした。ぎゅうっと抱き寄せる。思わぬ益田の動きに、氷室の方が戸惑ったようだ。まだ握ったままであった益田のそれを更にキュっと強く掴む。
「おい、またイかせる気か。」
舌で、抱き寄せた氷室の首筋をゆっくりとなぞり、益田は体を限りなく近づけた氷室のシャツを上方に引っ張った。氷室のシャツが次々とスラックスから溢れ出た。益田はその狭間から氷室の腰に手を回し、肌に触った。
「お前の手、よかったぜ。」
ビクっと氷室が震えた。切れ長の瞳が潤んでいる。
「俺もやってやるよ。…もとはといえば、お前が欲求不満だったわけだからな。」
氷室のシャツを完全にスラックスの中から抜いた益田は、空いた部分にするすると手を入れ、下着の中をまさぐり、容易に氷室のそれへとたどり着いた。
氷室のそれもすっかり硬直してしまい、窮屈そうに布地の中でもがいていた。益田が氷室の先端を人差し指で押さえつけてやると、氷室は「く……っ」と声を懸命に殺しながらも、喘ぎをあげた。
「だが、お前みたいな手扱が上手い奴に、手でやり返すのは、あまりにも不利だな…。」
ゆっくりと氷室の反応を確かめるかの如く、益田は囁いた。益田の人差し指は相変わらず、プッシュボタンを押すように氷室の先端に触れていた。
「よし、決めた。」
益田はすぅと目を細めて、氷室の顔を覗きこんだ。
「何だ」氷室が不安げな顔で益田の顔を見つめ返す。
律儀な奴だ。自分は結構だ、とか何とか言えばいいものを。あるいはやはり性欲に打ち勝てないのか。どちらにしても、可愛い奴であることに変わりはない。
「ジッパーおろすぞ。…咥えてやる。」
「なっ……!?」
平然と言い放つ益田に対して、狼狽したのは氷室の方だった。
「そのようなこと…!」「他の女の見よう見まねだが、悪いな。」
氷室が戸惑っているうちに、益田はさっさと氷室のスラックスのジッパーを下していた。
白い色の肌の中から聳え立つ肉の塊は、雲海の中にあって輝く赤い光球の如く濡れていた。
ぱっくりと咥えると、苦かった。これほど精液が苦いとは知らなかった。益田は一瞬顔をしかめたが、すぐに味覚の感覚を閉じ、舌で氷室のそれの裏側を舐めあげ、根元まで咥えていった。
「あ、あ、あ、っ…!」
規則正しく嗚咽をあげていく氷室。すぐに腰が揺らめきだした。快感に素直な男だ。慣れた女に咥えられたら、この男は一発でその虜になってしまうに違いない。
益田は何度も上下に口で甚振ってやった。ズルズルズルズル。益田の唾液の音が淫猥な音をたて、高尚な音に慣れている氷室の耳を打った。下方から流れてくる音に、氷室は喜んだ。「そ、そのような…!や、やめ…」などと反抗的な言葉を見せるものの、快感には耐えられなかったらしい、腰を自ら前後に振り始めた。
「いいんだろ?零一。物凄く…勃ってるじゃねぇか。」
「あ…ッ、あぁ……ッ。君は…何をっ……!」
氷室は目を閉じていた。羞恥で顔を染め、だが己の性欲を隠すことなく益田の口に己の逸物を委ねていた。
「や…やめなさい…!」
「やだ、先生ったら。誰と間違えてるの?」
益田はおどけながら咥えた氷室のそれを、口の中の筋肉を使って吸い上げたり緩めたりする。
「はぁッ……!」氷室の両手が益田の頭に添えられた。「な、なんてことを…っ。」
恐らく氷室の閉じられた目の奥で繰り広げられている画像は、現実ではなく、彼が思っていた相手に差し込んでいる妄想なのだろう。
「ん…っ、ふ…ぅっ、ほら……!」
氷室の腰が積極的に動き始めた。氷室は益田の口の中に硬くそそり立った熱棒を突っ込んできた。その腰の動きの淫らなこと。男が必死になって己を慰める穴を求めている時の様子とは、こんなものなのか。何とも悩ましい友人の姿に、益田も舌を懸命に動かしめた。頼りなくぶら下がっている双球が益田の下唇に何度も触れ、益田を煽った。
本当は、氷室はこうやって好きな少女を犯したかったのだ。だが理性がそれを許さなかった。氷室は少女と過ごす時間を一つ一つ重ねていこうと思っていたに違いない。
一方で、少女は氷室が先生から男になるのを待ちきれなかった。若い娘は生き急ぐきらいがある。彼女は自分を今すぐ抱いてくれる男を選んだのだ。
そんな少女の愚かさでさえ今は慈しむように、氷室は益田の口に硬くなったそれを挿し抜きする。ジュポ、ジュポっと女の中に射れているときよりもよっぽど濡れる益田の唾液によって、氷室はいとも滑らかに包まれていた。
「……は…ッぁ…っく!」
そして氷室のそれが最高潮に強張った直後、益田の喉には直に生温かい液体が放たれた。
どくどく、と脈を打つように震えた氷室の金剛が、やがて愉悦を全て吐き出し萎み始めるまで、それは続いた。



綺麗な月は、変わらず、神々しく西の空を飾っていた。
益田の口の中で果てた後、氷室は酔いと疲労のためだろうか、益田に目を向けることもないまま、くたりとベッドに倒れこんだ。今もまだ穏やかな眠りを貪っている。
氷室に漸く振り返った益田の目には、安穏とした表情をしている氷室が入ってきた。妄想の中で愛しい少女を抱いたはずの氷室は、男に向かって射精したことを反芻する間もなかったのだ。今頃好きな女と一体化した夢の続きでも見ているのだろう。
「……で、俺には、出すだけ出して、フォローもなしかい。」
喉元でちくちくする精液を出来うる限り吐き出して、水をあおった益田は、氷室の寝顔に向かって悪態をつきながら、そっと氷室の頬をつねった。
「お前、変わらないな。不器用なまんまだ。」
益田は苦笑して呟いた。
「今日の勢いで、あの子も落とせばよかったんだよ。きっと彼女はじれったかったんだと思うぞ。ヤりたいときはヤれよ。」
だが、そんな不器用さが氷室の愛すべき長所であり、かつ不器用でも心の中に尚思い人を恋しく思う気持ちが溢れかえっているからこそ、氷室はこんな風に荒れる。
それは究極的に純粋でもあるということ。
「ま、元気出せよ。」
ぽん、ぽん、と益田は氷室の頭を叩いた。頬をつねられた上に頭まで叩かれた方の氷室はというと、「う…」とややムッツリとした寝顔で、益田の言葉に返答するのであった。











<あとがき>
朝霞亭166666ヒット記念企画にリクいただいた、とうりみやびさんからの「氷室と益田の絡み」のお話ですv
どっちが攻め、受け、みたいなのがはっきりしているわけではなく、やや氷室攻め、益田仕返し、みたいな感じでリクいただいたのですが、…なんだか妙におセンチになってしまいました(汗)。ごめんなさいー(><)。
氷室と益田は、相手がいなきゃダメ!みたいなラブラブBLよりも、大人だからこそ滲む悲哀の中に信頼と紙一重の愛情があるのが個人的理想ですv
とうりみやびさま、リク、有難う御座いました〜!!