炎 の 住 処


 その日のジョゼ寺院は空気も乾き、晴れ渡っていた。橙色に染め抜かれた夕暮れの空を、カモメたちが連れたって飛んでいる。時々不規則な波の音を耳に楽しみながら、のどかな空気を吸い込むと、体の中から自分自身も橙色に塗り替えられていくようであった。リュックは口元をほころばせながら、飽きることなく空を眺めていた。
「おーう、お疲れ。」
 リュックの後方から声がかかった。寺院の中で作業をしていたギップルである。続いてバラライも現れた。ご機嫌なギップルに比べると、バラライはいささか呆れたようであった。
「あれっ、ギチョー、来てたんだ?」
 ギップルの掲げた手に自分の手をぱんと合わせてから、リュックは嬉しそうにバラライを見据えた。いまやバラライは「議長」などではないのだが、リュックは癖が抜けなくていまだに彼を「ギチョー」と呼んでいる。バラライもリュックのそういった習性を心得ているらしく、リュックがそう呼ぶのを許していた。
「こんにちは、リュックさん。」
 バラライはリュックに対しては紳士的な笑みを浮かべた。
「ギップルに呼ばれたんですよ。大事な会議を開くから、お前も参加してくれって。」
 そう言って、バラライは恨めしそうにギップルに視線を流した。
「ところが、いざやって来てみると、信じられない。ただの宴会だなんて。まったく…どうりで、ヌージやパインは来ていないわけだ。最初からギップルの魂胆を見抜いていたんだな。」
「一応あの二人にも声かけたんだけどな。素っ気無いったらねぇ」バラライの恨み言にもからりと答えたギップルは、「昔から、腹割って話し合いができる会議は、宴会って決まってんのにな」とリュックに同意を求めるように視線を向けた。
 リュックはくすりと笑う。バラライは、ギップルの後ろではぁとため息をついていた。けれども、事実を知っても、すぐに怒って帰ってしまわないところがバラライらしいと、リュックは思った。
「リュック、お前も加わるんだろ?今日は街道の砂浜でバーベキューすんだ。食ってけよ。」
「あー…」リュックは唐突に自分に話を振られて、言葉を失った。
「うーん…それが…今日はちょっとダメなんだよね。」
「なんだ、お前も用ありかよ」ギップルは残念そうに言った。
「よっぽど忙しいんだな。さすがに夕方からなら大丈夫だろうと思って、昼過ぎから仕事頼んだのに。」
「ゾレン(ごめん)」リュックは両の掌を合わせて、ギップルに謝った。
 まさかそういう理由で、ジョゼにいるギップルが、今日、リュックに仕事を依頼してきたとは思っていなかった。リュックはちょっとだけギップルに申し訳ないと感じた。

 現在リュックは、遺跡から引き上げた小さな飛空挺を改造し、それを用いて運送作業の仕事をしていた。主にビーカネル砂漠やジョゼ寺院などを行き来して、アルベドが用いる、重くて繊細な機械を運ぶ。エボン寺院の体制が崩壊し、機械の使用が認められたことで、いまや機械はスピラ中に浸透し始めている。機械の使い方を心得ているリュックは心強い仕事人であった。
「どちらへ向かわれるんですか?」
 バラライは嬉々としてリュックに尋ねた。
「もし、北に向かわれるんなら、ベベルまで僕も乗せていってもらえませんか?…まったくギップルには付き合っていられない。」
 冷淡に言い放つバラライに、ギップルはぎょっと目を丸くした。
「ちょっ…、お前もかよ…!」明らかに慌てている。
 リュックは面前の二人を見比べて、声をたてて笑った。面白いコンビだ。
 されども、リュックはバラライを乗せていくわけにはいかなかった。ギップルのためではない。リュックは北に行くわけではないからだ。すまなさそうにリュックは言った。
「ごめんね、ギチョー。あたし、今から…キーリカに行くんだ。」
 キーリカ。ベベルとは正反対の真南に存在する島の名前を聞いて、バラライは落胆した表情を浮かべた。しかし、リュックに負担をかけたくなかったのだろう、バラライはすぐさま人のよさそうな笑顔を繕って、リュックを見返した。
「そうですか…。無理を言ってこちらこそ申し訳ありませんでした。」



 キーリカ島は、同じ海湾都市でもビサイド島とは異なる様相だ。山岳と砂浜を囲むコバルトブルーの海を見下ろせる高台に村が形成されているビサイドと比べると、キーリカは浅瀬に木製の建物が所狭しと建設されている。しかも深い森とは一線を画する形で、人々の生活空間がひしめき合っていた。
 夜にもなれば、鬱蒼とした森の闇の隣で、点々と散らばる灯りが華やかに咲き乱れる。賑やかな街並みは、お酒と香ばしい食べ物の匂いに溢れ、静寂を守る森とは別世界のようになるのだ。
 飛空挺から島全体を見下ろし、薄闇がキーリカを彩で変貌させていく過程を確認して、リュックは一息ついた。
 あぶないあぶない、もしバラライが南でもいいから乗せていってくれと言っていたら、どうなっていただろう?
 ギップルに聞いた話では、バラライはキーリカに親縁が住んでいるらしい。彼が多忙の身でなければ、目的地がキーリカであっても向かいたがったかもしれない。バラライには申し訳ないけれども、彼が仕事に忙殺される身でよかったとリュックは思っていた。

 キーリカの森の外れには、切り立った崖のふもとに飛空挺を止められる場所がある。キーリカの街の組合に一定のギルを払えば、月間単位で契約できるのだ。リュックはそこに小型飛空挺を止めた。森の中でモンスターに出くわしたときに戦闘ができる準備を整え、ゆっくりと歩み始める。
 彼女の行く先は、既に人でごった返し始めただろうキーリカの街…ではない。森を北へ抜けた先にあるキーリカ寺院であった。

 少し前まで、このキーリカは青年同盟という団体が大きな勢力を持っていた。主としてスフィアをめぐり、彼らはエボンや寺院に反発していたわけだが、若い力は少なからずキーリカの街を活性化させた。シンによる壊滅的な打撃を被ったキーリカの街は見る見るうちに復興を遂げ、寺院へ向かう折に通らねばならない暗鬱な森ですらも、既に人の開発の手が巡っている。今となっては、シンがいた当時と様相が変わらないのは、青年同盟から隔離されていたキーリカ寺院だけといっても過言ではない。それでも、イフリートの力が及ばなくなった寺院に点されるようになった人工的な火は、このところ街の鮮やかな灯りに押され気味だった。
 しかし、だからこそ、闇に紛れるにはいいというか。
 現下リュックは、仕事の関係で、拠点とする住居をスピラの各地に持っていたが、なんとそのうちの一つがキーリカ寺院そのものなのであった。街の住民としても、寂れはじめた寺院を放置しておくわけにはいかない。けれどもエボンの宗教が崩壊してしまった以上、宗教的な聖域として保存するのも難しい。試行錯誤が練られた結果、キーリカ寺院は比較的高額の賃貸住居に変貌したというわけである。
 リュックは、かつてエボンが異端視していたアルベド族だが、永遠のナギ節をもたらした大召喚士のガードでもある。今の仕事もなかなかの羽振りを見せていることもあって、アルベドの彼女であっても、容易にそのキーリカの寺院改めキーリカの分譲住宅を借りることが出来たのだった。

 寺院へ向かう幅の広い石の階段をゆっくり歩き、先ほどジョゼで見た夕焼け空の色に似た炎を眺めながら、リュックは境内の中へと進んだ。
 足を運ぶにつれ、胸が高鳴り始めた。心が浮き足立っているのが、自身でも分かる。風に煽られて、チラチラと熱っぽい舌を突き出している炎に侵蝕されたかのような迸りが、胸の中に染み渡った。
 何故、キーリカに住宅を借りたか?南で仕事をするなら、ルカで住居を借りても構わないはずだった。むしろ、日常生活の便を考えたら、ルカの方が生活しやすいのは言うまでもない。だが、リュックはキーリカの住居に「住みやすさ」を求めているわけではない。
 彼女が求めているのは―。
「おかえり。」
 鍵を使い、扉を開くと、奥から男の声が聞こえた。リュックは頬を緩ませる。
「ただいま」、嬉しくなって、思わず声が裏返った。
 部屋を真っ直ぐに進んだリュックの視線の先には、仄かな明かりに照らされただけの空間と、そこですっかり寛いで微笑を浮かべているティーダがいた。



 真っ白なシーツが眩しすぎるようにも感じられる真っ暗な部屋で、むんとした熱気が揺らめく。ティーダの腰の動きに合わせ、彼が下に組み敷くリュックの体躯もシーツを苛めるように上下に動いていた。
「あ…!あぁ…っ!」
 旧・エボンの寺院である建物は、個室の防音がすばらしく良い。光を差し入れる天井の窓さえ開けなければ、いかに大きな声で悶えても外には漏れないのだ。ティーダの背中に指を食い込ませ、リュックはティーダの律動に悦びの嘶きをあげた。
 この部屋は、広い空間にもかかわらず、食卓と椅子が二脚、水が引いてあるキッチンにアルベド特製の冷蔵装置があるのみだ。食事を終えた後の、グラスとお皿が頼りなく食卓の上にあるその隣で、大きすぎるベッドが重々しくどんとしてある。
 そう、ここはリュックがセックスのためだけに借りた部屋。彼女が好きな人と逢引するためだけに高額のギルを払っている特別な空間だった。

「…舐めて。」
 ティーダは、それまでリュックに挿しいれていた興奮の肉塊を引き抜き、それを、腰を動かしてリュックの顔の前へと持ってきた。リュックは少し体を起こした。両手を彼の太腿に添える。彼の要求どおり、まずは舌で絡め取るように、それから口の中に彼を含んだ。苦い先走りと、彼のものではない(恐らくは自分の体液なのだろう)液体がぐじゅぐじゅに混じり合った混合物をこくこくと喉に通しながら、リュックは男性の裏部分を刺戟するように口で扱き上げていった。ティーダのそれは、いよいよ高ぶり、硬くなっていった。
「んんっ……、ぁ、あぁ…っ」ティーダも艶かしい声を隠さない。耐え切れないように腰を僅かに揺らして、快楽を突き詰めようとしていた。

 ティーダと所謂「こういう」関係になったのは、今に始まったことではない。かつても、お互いに若くて青い体だったから、夜を迎えると自然に発情してしまって、シンを倒す旅の道中でも、ティーダとリュックはよく絡み合っていた。ティーダはユウナという少女に淡い恋心を抱いていたが、リュックとも仲が良く、彼女を放せないでいた。性別を越えて友のように何でも話し合え、同時に性別に甘んじて体で繋がりあい、快楽をも共有できる。互いが互いを稀有な存在だと思っていた。
 ティーダがいなくなって、傷ついたのはユウナだけではなかった。置いていかれたと思ったのはリュックも同じだった。ただ、リュックの方はティーダのことを友達だと、エッチはしたけどそれだけの関係だったと無理やり思い込もうとしていたから、やるせなさがいくばくか緩和されていただけにすぎない。
 ティーダを諦めきれず、彼を求める旅に出て、強い想いの力をもって泡ぶくに消える運命だった彼を呼び戻したユウナを、リュックはすごいと思う。そんなふうに胸の中にあるかけがえのない想いを実現できるユウナに対して、激しい劣等感を抱いてしまったほどに。
 ティーダに戻ってきて欲しいと、リュックだって思っていた。でもそれは、ユウナのように想いを具現化するだけの気持ちじゃなかった。あたしの気持ちなんてその程度だったんだよね。ユウナやパインと離れて、あたしも自分なりの人生を探さなきゃ。ヤドノキの塔での冒険を終えた後、リュックは自立を決めた。
 まずは何でもやるよ。でもできるならアルベド族や皆と繋がっていられる仕事がしたい。皆を繋げる存在でありたい。そうして、リュックは暗中模索ながらも、通運関係の仕事を起業した。
 そのときだった。順調に流れ始めたリュックの前に、ティーダが現れたのは。たまさか、ユウナ抜きでティーダに会う機会があった。ブリッツボールの公式試合がある期間だった。ティーダはチームメイトと男たちだけで遠征に来ていた。そこで開放的になっていたティーダと上昇気流に乗り始めたリュックが、まるで磁石が引き合うように、再び褥を共にするのに時間はかからなかった。
 男性を暫く忘れていたリュックの体は、男の色気を増したティーダの抱擁に、歓喜で震えた。あぁ、あたしもこの人が好きだったんだ、離れたくなかったんだと、改めて思い知らされた。君が戻ってきてくれてすごく嬉しいよ、その夜、初めてリュックは素直に彼に抱きつくことができたように思う。

 ビサイドにユウナと住んでいるティーダは、あまり島から出ることはない。ブリッツボールの試合があれば遠征に出かけるが、それくらいだ。会う機会を探すなら、必然的にブリッツボールの遠征時に限られてしまうだろう。だが、遠征にユウナが随行すれば、リュックはティーダには会えなくなる。
 リュックはティーダに会いたかった。火遊びの側でもいいから、抱きしめていて欲しかった。自分を受け容れていて欲しかった。
 リュックは、ティーダにとって自分が重い枷にならないよう願い、時々会いたいなと言った。すると、幸か不幸か、週に一度か二度、漁師の仕事を手伝うのが決まりになっているビサイド・オーラカの選手たちは、キーリカに渡ってくる機会があるのだという。曜日は不特定だが、その日なら会えるよとティーダはすんなり応諾して、笑った。だから、リュックはキーリカの住居を借りた。情報さえ手に入れられれば、ティーダがキーリカに来る日も容易く分かる。

 ティーダは情熱的に彼を求めるリュックを拒まなかった。ユウナに限りない感謝と愛情を感じつつも、ティーダにとってリュックは新鮮だった。繰り返される毎日。穏やかな生活。それらはティーダにとって確かに心地よいものだったが、いまや世界を飛び回る一端の「キャリアウーマン」となったリュックは、躍動的なスピラと直に繋がっていて、魅力的だった。また明るくて活発な表面からではうかがい知れない彼女の陰鬱な部分を、自分だけが見知っているという自尊心もティーダは持っていた。男友達のように何でも話し合えて、セックスも出来る。もしかしたら、自分は彼女を利用しているだけなのかもしれないという後ろめたさは、ティーダにはなかった。何故なら、ユウナに対しての感情とは別に、ティーダはリュックを愛し、認めていたから。

「もう…いいよ。そろそろイきそ…。」
 優しく言って、ティーダはリュックの口から自身を抜いた。ちゅぽっと甘やかな音がこぼれ落ち、リュックの唾液で濡れそぼった大きな物体が再び姿を現した。物欲しそうな顔でそれを見つめているリュックに、ティーダは笑みを漏らした。腰を落として、リュックの唇に口付ける。
「……んうっ……。」
 ティーダがリュックの体をシーツに押し付けようとするのに、リュックはすぐさま応じた。ティーダの手が導くがままに足を開き、彼が内股をなぞるのを許す。やがてリュックの内腿を這い上がったティーダの指は、リュックの最も湿った場所にたどり着いた。
「リュックのエッチ。」
 ティーダは囁いた。
「いっぱい濡れてる。どうしたら、こんなになるんだ?」
 くすりと笑って、ティーダは自分のを再度リュックの入り口にあてがった。リュックは悶えて、背をのけぞらせた。その動きに合わせて、小ぶりだが形のきれいなリュックの乳房がぷるりと先端を天へ立たせた。その扇情的な動きに魅せられ、ティーダはそのまま自身をリュックの中へ埋めていった。ずるずると、心地いい摩擦が、より一層ティーダの快楽を深めていった。

 ユウナと別れて私のものになって、とリュックは言わない。言っても聞き入れてもらえるとは思っていない。一方で、略奪したからといって幸せになれるとも思っていない。リュックは漸く自分で歩き始めたこの道に自負を持っている。ティーダに付きっ切りでいるなんてことは出来ないだろう。それでもティーダが好きだから。せめてティーダがこの部屋に来てくれる間は、リュックはティーダのものでありたいと願う。
 オレはずるいんだろう、ティーダも分かってはいた。けれども、彼女が自分を欲してくれている間は、ティーダもリュックと繋がっていたかった。
 誰も入れない、二人だけの世界。かつて炎の召喚獣が半永久的な生をとどめていたキーリカは、今も尚消しきれない火が絶えず燃えている。








あとがき:
200000記念企画のリクにかおりママさんからいただいた、ティーダ×リュックのお話でした!「大人っぽい、幸せな二人を」とのことでしたが…、なんだかやっぱし背徳的になってしまいました(><)。ごめんなさい…!
ティーリュの場合、FFXならラブラブも出来るんでしょうが、個人的にFFX-2以降のリュックがより好きな私としては、やはりどうしてもX-2以降で幸せな感覚を、と欲張ってしまいまして…。それでも、書いていて楽しかったです。かおりママさん、リクエスト有難う御座いました!