drunk in the Night [前編]
氷室×主 (GS)
※高校卒業後、交際数年経過してます

 最小限の明かりしかない、薄暗い部屋。
 ホテルなんて、どこだってそうだ。眩いほどの照明を備え付けた場所なんて、せいぜいロビーくらいなものだろう。
 どこだって同じ。ビジネスホテルだって、ラブホテルだって、ホテルはホテル。何も、ラブホテルだからといって、室内の照明を暗く抑えているということはないはずだ。
 分かってはいるのであるが、しっとりとした仄暗さが漂う空間に、胸が詰まりそうになる。
「零一さん」
 熱を孕んだ媚びた声が、氷室を呼んだ。そんな風に期待を込めて声を掛けられると、どういう顔をすれば良いのか迷う。コホン、と咳払いをして、氷室は振り返った。
「酔いが覚めたら帰るぞ。もう23時を回っている。早く帰宅しなくては、ご両親に申し訳が―」
「わたし、酔ってませんよ?」
 どこが酔っていないのやら、少女はにへらと笑って、可愛らしく挙手敬礼のポーズを取った。
 否―、彼女はもう少女という年齢ではない。来春には大学を卒業する妙齢の女性である。だが童顔であるのと、氷室より30センチも身長が低いとあって、まだまだ少女然として見えた。
 はあ、と大きなため息をついて、氷室は頭を左右に振った。
「まったく……、楽しく酒を飲むのは結構だが、酒に飲まれるのはいただけない。姫条と鈴鹿にも、きつく言い聞かせなくては」
「あの二人は関係ありませんって!」
 彼女はムッとした顔をして、口を尖らせた。
 しかしそれも束の間、おもむろに氷室の腰に両腕を回すと、彼女は甘えるようにして、氷室の胸にしなだれかかった。
「せんせえは、学校の外でもすぐ教師の顔に戻るんだから。そういうところも好きですけど」
「なっ……!?」
 氷室は思わず頓狂な声を発した。
 彼女が高校を卒業して早4年である。高校卒業後、晴れて恋人同士となった二人であったが、その頃から彼女は氷室を「零一さん」と呼んでいた。高校時代の習慣が抜けず、うっかり「先生」と口に出してしまうこともあったが、それも時々のことであった。
 こんなときに「せんせえ」なんて呼ばれたら、かえって困惑してしまう。
「な、君は……、いったい、ど、どうしたと言うのだ?」
 眼鏡の縁を摘み上げながら氷室が問いただすと、彼女は嬉しそうに笑った。
「せんせえ?わたし、せんせえとえっちがしたいです」
「なっ!?」
 容赦なく続く彼女の突飛な発言に、氷室は勢いよく噴出しそうになった。
「え、えっち……?」
 しかし、改めて口にしてみると、妙な背徳感に苛まれた。「先生」呼ばわりされた直後であるからかもしれない。平常心を保つべく、氷室はコホン!と再び大きな咳払いをして、「そういうことならいつもしているだろう」と言った。
「それとも、君は私の家では満足していないのか?こういう場所で刺激を得ないと―」
「ちがいますよう」
 彼女はぎゅうと氷室に抱きついたまま、ふふと笑った。
「先生の家でえっちするの、大好きです。せんせいの匂いがするベッド、大好き。でも……」
「でも?」
 逆接で言葉を止められれば、その先が気になってしまうものだ。氷室は「でも、何だと言うのだ」と彼女に先を急かした。
 氷室に促され、「でもですね」と彼女はゆっくりとした口調で言った。
「皆でお酒を飲んでいたら、したくなったんです。だって姫条くんも鈴鹿くんも……、すごいんだもん」
 姫条も鈴鹿も凄い?聞き捨てならない彼女の発言に、氷室は血の気が引いていく思いがした。
「き、姫条や鈴鹿に何かされたのか!?」
「ちがいますって。でも二人ともすごいんですよ?姫条くんは、寝る前と起きた後は必ずしないと収まらないって言うし、鈴鹿くんも、オフのときは一日七回するって」
 どうやら、姫条も鈴鹿もそれぞれの恋人と良い関係を紡いでいるという話らしい。若い分、二人とも性欲が収まるところを知らないといったところだろう。とりあえず彼女が何かされたというわけではないのだ。氷室は胸を撫で下ろした。
 だが彼女はそこで止まらなかった。姫条と鈴鹿の話を嬉しそうに続ける。
「それで、姫条くんは騎乗位が好きで、鈴鹿くんはバックが好きなんだそうですよ。騎乗位はおっぱいが揺れるのと、腰の括れが見えるのがよくて、バックは先端がお腹の突き当たりに当たるのがいいって……」
「待ちなさい」
 徐々にエスカレートし始めた彼女の本日の飲み会談話に、氷室は思わず口を挟んだ。こんなところで性癖を晒される二人も気の毒だが、男同士の会話に彼女も加わっていたということが大いに氷室の気を揉んだ。
「君たちは、その……、いつもそういう話をするのか?」
「そういう話?何回するとか、自分の好きな体位の話ですか?」
「というよりも、そういった性行為全般についてだ」
「はい。シモネタトークは、高校生の頃からよくしてましたねえ」
 彼女はにっこりと笑って氷室を見上げた。何とも晴れやかな笑顔であった。
 自らの高校時代を顧みて、周囲の友人たちがそうであったように、姫条や鈴鹿が異性に並々ならぬ関心を抱いていたことは理解できる。
 しかし、彼女が姫条や鈴鹿に混じってそういう話に参加していたというのは、ちょっとした衝撃であった。
「そんな話に加わって……、君は何もされなかったのか」
「されませんよ。そういう対象じゃありませんもん。でも、二人のえっちばなしは生々しいから……。だから、こうして迎えに来てくれたせんせえに、お願いしちゃおうかなって」
「しかし、君はこれまでも何度か彼らと飲みに出かけているではないか」
「あれ?もしかして、せんせえ、わたしの浮気を疑ってるんですか?」
 彼女は嬉しそうに目を瞠った。
「浮気なんてしませんよー。するわけないじゃないですか。……わたしがえっちしたいのは、せんせえだけですよ」
 そう言うと、彼女は右手で氷室のスラックスの上をなぞり始めた。
「っ!!」
 フルートを奏でるような手つきで撫でられ、氷室の足の付け根が切なげに硬直する。
「これまで迎えに来てくれたときも、誘ってきたつもりだったんですよ?でもせんせえ、華麗にスルーするんだもの。家までちゃんと送り届けてくれるのにはすごく感謝してるんですけど……。知ってました?せんせえ。わたし、そういった日は、物足りなくて泣いちゃいそうだったって」
「なっ……」
 氷室の声が上ずった。恋人に少なからず欠乏感を与えていたらしいという事実が、氷室の頭に更なる衝撃を加えた。
「今日はどうしてわたしの言うこと、聞いてくれたんですか?ホテルで少し"休みたい"って言ったから?それとも、わたしがえっちしたいって思ってるの、察してくれたんですか?」
 彼女の手が、氷室のスラックスのジッパーを下ろした。
 そうして窮屈そうに閉じ込められていた氷室の男管を指で導き出すと、人差し指と中指でその先端を弄り始めた。
「くっ……!」
 あっという間に先走りが溢れ出た。汚された彼女の指先からは、弱弱しい水音が聞こえた。
 確かに、飲酒すると多少なりとも開放的になるとは知っていたが、これほどまでに大胆な彼女は知らない。
 姫条と鈴鹿に、一体何を吹き込まれたのだろう。教え子だった二人の男子生徒の悪戯っぽい笑みを思い出して、自制を試みるが、彼女の指は氷室の管の裏側に進んでいた。細く浮き出した部分を大切そうになぞり、根元にゆっくりと向かっている。
「せんせえ、おおきくなってきた……。すごいです。せんせえのこれ、わたし、ほしい」
 彼女は狂おしそうに囁き、屈み込んだ。そして笛を咥えるようにそうっと氷室の男管に口を添えた。
「……っは、あ!」
 彼女の口肉に包まれた氷室の尤物が、ビクンと跳ね上がった。
 かつて氷室が指導する吹奏楽部で楽器を咥えていたその口で、彼女は丁寧に氷室の男管を扱いた。
 あの頃、そんないかがわしい目で彼女を見たことはなかった。
 その口に自らを咥えさせたいと思ったことなど一度もなかったはずなのに、現下、恍惚として男を咥え込んでいる様が、熱心に演奏に励んでいた頃の彼女の姿に重なり、いっそう興奮が高まった。
「やめ、なさい……!」
 言葉ではそれ以上の愛撫はやめるようにと制止を訴えかけるものの、肉体の方は視覚と触覚で得られる彼女の媚態に猛り狂う。
「あ、あ……!」
 もう数回舌を這わされたら間違いなく射精していただろう。
 だが、その寸前で彼女は氷室の逸物から顔を離した。ふるふると心もとなげに震えている管を、右手で優しく包み込みながら、彼女は立ち上がった。
「ねえ、せんせえ……、いいでしょ?」
 彼女は小首を傾げた。唾液で濡れた唇は、どんなリップグロスを塗ったときよりも淫靡に輝いていた。
 彼女をたしなめたい気持ち、もう少し詰問したい気持ち、いずれも胸にこびりついたままであったが、彼女の淫らに濡れた唇は、彼女の両脚の間でふやけているであろう陰唇を彷彿とさせた。
 氷室の喉を生唾が落ちてゆく。
 数秒の躊躇の後、氷室は観念した。
 場所がどうだとか、時間がどうだとか、理由がどうだとか、そういったあらゆる枷から解放されたかのように、氷室は寝台の上に腰を下ろすと、彼女の体を優しく引き寄せた。


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とうりさんへ
 (2012/2/6 Asa)