藍と墨のあいだ(5)
紺野×主×設楽 (GS3)

 そうなると分かっているから、腹も立たないし、苦しまずにその事実を受け容れられるだろうと思っていた。
「遅い。待ちくたびれた」
「悪かったよ。色々と物珍しくて、つい長居してしまった。ごめん」
「ふうん」
 設楽は白けた面差しで紺野を見やった。
 紺野の顔は上気し、血色が良かった。心なしか機嫌も良いようだ。紺野に続いて設楽の私室に入って来た彼女も、同じ。二人ともガウンを着ている。二人の制服は、設楽家の使用人たちが乾かしているところだからだ。そんな二人が揃うと、いかがわしく見えた。予想はしていたが、的中したらしたで不愉快だった。ムッと黙り込んでしまいたいのを堪えて、設楽はお気に入りの長椅子に腰を掛けた。
「おまえたちも座れ。茶くらい出してやる」
「わ、嬉しい」
 彼女の表情が綻んだ。紺野に向かって、彼女は嬉しそうに言った。
「設楽先輩のお宅の紅茶、とっても美味しいんです。体も温まりますよ」
「そうなんだ。それは楽しみだ」
 紺野もにっこりと微笑んだ。こうして見ると、紺野と彼女は、まだ恋が始まったばかりの恋人同士のようだ。高校生然としていて、微笑ましい。
 現実は、勿論違う。彼女は、設楽に組み敷かれては、艶めかしい声を上げる。女子高校生というよりは、立派な女だ。
 見た目には穏やかな笑みをたたえている紺野も、彼女と体を繋いでいる間は、欲望のままに猛ったはずだ。彼女を目の前にしたときの設楽が、我を忘れてその行為に没頭してしまうように。
「おまえ」
 設楽は彼女の名を呼んだ。そして、長椅子の自分の隣の場所を指差した。
「おまえはここ」
「えっ?」
 彼女は瞠目した。
 確かに、その場所―設楽の隣は彼女がいつも座る場所であった。そこで設楽が彼女の腰に手を回し、彼女の首や耳たぶを啄む内に、二人は睦むことになる。だが第三者がいる状態で、その席に着いても良いのか。彼女は躊躇したのかもしれない。手に取るように判然と感じられる彼女のためらいが、設楽の感情を煽った。
「なんだよ。いつも座ってるだろ?」
 設楽の不機嫌な声色を察したのか、彼女は「そうですね」と頷いた。
 一方の紺野は、気を悪くするかと思いきや、表情を殆ど変えなかった。
「じゃあ、僕はここに座らせてもらおう」
 そう言って、設楽の目の前のソファに腰を下ろした。
「すごいな。ふかふかだ。僕の家のソファとは大違いだよ」
 紺野は一瞬目を見開いてから、苦笑まじりに言った。その余裕のある態度が、更に癪に障った。一度や二度、彼女の体に触れたからと言って、勝者のような顔をされるのは気に入らない。彼女を紺野に与えたのは―、彼女のため、ひいては設楽自身のためだ。

 紅茶と茶菓子を持ってきた使用人が下がったのを確認し、設楽はいつものようにクッキーを摘んで、彼女の口元へ運んだ。
 餌付けしているようだが、設楽は彼女にクッキーを食べさせるのが好きだった。戸惑いがちに半開きに開く唇、それが咥えたクッキーが、咀嚼され、やがて喉を通って落ちて行くのがいい。自分の指に触れたものが彼女の体の中を通るのだと思うと、背筋に稲妻のような快感が走る。
 紺野に遠慮しているのだろう。彼女は困惑したようであったが、結局は設楽に従った。設楽の細長い指が摘むクッキーをそっと咥え、口に含んだ。
 しかし、普段ならそのまま彼女の様子をじっと眺めるのだが、今日は違う。咀嚼のため、彼女の顎が動いたのを確認すると、設楽は体を前に倒した。彼女が驚いた顔をしたのが分かったが、意に介さない。設楽は、力なく開いた彼女の唇の中に舌を割り入れた。彼女の口の中で割れて湿ったクッキーの欠片をかき取る。
「……っ」
 設楽の舌の感触に、彼女の瞳が恍惚で潤んだ。
 設楽は、眉を上げて彼女の顔を覗き込んだ。『したいか?』、もう幾度も体を重ねている。直接言葉にせずとも、その意は伝わる。
「で、でも……」
「僕なら構わないよ」
 口ごもった彼女を、まるで嘲笑うかのように、紺野が口を挟んだ。
 設楽が横目で紺野を見やると、紺野はティーカップを手に、足を組んで鷹揚に座っていた。
「僕は、お茶を頂いたら失礼する。何だったら、もうベッドに行ったらどうかな?」
 設楽は眉間に皺を寄せた。
 紺野の態度は、侮蔑のそれではない。雨に降られて飛び込んだ電話ボックスで見せた表情とは、明らかに違う。設楽と彼女が情交を始めようとするのを、理解し、受け容れた上で、楽しんでいる風であった。
 設楽に抱かれる彼女の乱れ様に関心があるのか、設楽と彼女が絡み合うのを単に面白がっているだけなのか―。紺野の表情から、彼の真意はうかがえなかった。
 シャワーを浴びるのに掛かった時間を考えれば、シャワールームで二人が関係を持ったのは間違いない。
 彼女が紺野に向ける憧憬を知っていたから、設楽は、彼女は紺野にも抱かれたいと思っているのだろうと感じていた。
 それについて、嫌悪感はなかった。
 彼女は、自分が入れ込んでいる女だ。何があっても手放したくない。設楽がいる、欲にまみれた世界に彼女を引き込むつもりなら、彼女もいつかは覚えねばならない。美しい偽りだらけの「仮面」を身につけることを。
 それならばせめて、彼女を導き、主導権を握るのは自分自身でありたいと思っていたが、当の彼女ではなく、彼女が設楽の他に心を揺らがせた男の方が、それに免疫を持つとは。
 正直言って、いい気はしない。だが紺野の視線に恥じらいを覚え、彼女の感度が高まるなら、暫くはそれでも良いかもしれない。魅力はどれだけ高くてもいい。設楽は口角を持ち上げると、彼女のガウンの帯を解いた。
 彼女が、あっと声を上げる前に、ガウンがはらりと長椅子から零れ落ちた。
 上下お揃いの淡いライムグリーンの下着があらわになる。
「なんだ。下着をつけていたのか。シャワーを浴びたんじゃないのか。濡れたものをそのまま身に着けていたら、風邪を引くぞ」
 格好の口実をつけて、設楽は彼女の下着をはぎ取った。
 彼女が紺野の方に視線を向けるのが分かった。紺野が席を立つ気配はない。設楽は淡々と続けた。
「折角だから、おまえの尊敬する"紺野先輩"にも見てもらうとするか」
「えっ?で、でも……」
「紺野も不愉快になったら帰るだろう」
「別に、構わないよ」
 紺野は肩をすくめた。
「ああ、でも、勃起しちゃったらごめんね?さすがに他人の行為を目の当たりにして、興奮しないとは言い切れないから」
「……っ!」
 彼女の体がビクンと跳ねた。紺野の嘲りを含んだ発言に、興奮したらしい。彼女の胸の内にちょっとした被虐願望があることは設楽も知っていたが、彼女に夢中であるがゆえ彼女を突き放しきれない設楽の言葉より、笑いながら棘を放つことができる紺野の言葉の方が、彼女は痺れるのかもしれない。
「……だそうだ」
 設楽は彼女の髪を耳の後ろへ丁寧に撫でつけた。
「だったら、紺野にも全裸になってもらうか?見られるだけじゃ割に合わないな」
「それでもいいよ。……でも、脱ぐのは、下着だけの方がいいんじゃないかな。彼女が見たいのは、きっと僕の全裸じゃないと思うから」
 そう言うと、紺野はティーカップをテーブルの上に置いて、立ち上がった。
 おもむろに下着を脱ぎ、それをガウンのポケットの中に突っ込む。そして再びソファに腰を下ろした。
「こうすれば、そっちから見えるかな?」と言って、ガウンの裾を割り開きながら。
 彼女の目が、紺野の股間に釘付けになった。先程、堪能したのであろう紺野の茎幹にまだ未練があるようだ。
 さすがに設楽を目の前にしたこの場で「紺野と繋がりたい」とは言い出さないだろうが、設楽のいない場では紺野との関係を続けたいと願っているかもしれない。
 それならそれで仕方ない。そうであるなら、秘密の情事を隠し通せるくらいには、強かになってもらいたいものだ。
「おい、おまえは俺の女だろ」
 設楽は拗ねたように言って、彼女の華奢な両脚を持ち上げた。ぱっくりと割れた秘所は、寸前の情事の痕跡を示すかのように赤みを帯びており、窪みの部分には愛液が溜まっていた。その液体自体は透明であるが、紺野の精液が残っていたら嫌だ。設楽は彼女の愛液に口をつけず、スラックスのジッパーを下ろした。
 紺野と同じように、設楽も男茎部だけ取り出す。設楽の半勃ちの男茎部の登場に、彼女も設楽の方へ視線を戻した。
「おまえってやつは……、これがあれば誰でもいいのか」
 罵ると言うよりは、出来の悪い子を愛惜するような口調で、設楽は微苦笑した。
 こんな生易しい言葉では彼女の心に戦慄を走らせるなんて出来ない。だがそんな彼女さえ可愛いと思ってしまうのだから、どうしようもない。
「まぁいい。すぐ入れてやる。待ってろ」
 設楽は男茎の先端を彼女の窪みに添えた。彼女の愛液を男茎に塗りたくり、彼女のクレヴァスを滑らせる。男茎はすぐさま熱く漲った。
「あ……んっ!先輩……っ!設楽、先輩ぃっ……!」
 彼女が媚びた声で設楽を呼び始めた。しとどに濡れる淫らな下半身と、愛らしい顔と声のギャップが堪らない。
「ほら、もっと俺を呼ばないか」
 設楽は自らの両肩に彼女の脚を掛け、彼女の潤みきった秘所に自らを突き立てた。
「は、ぁぁん!」
 彼女の内側はいつもより少し広がっている……気がした。紺野のせいだろう。しかし、それでも良しとする。設楽は彼女の視線を遮らないよう、長椅子の背もたれ側に首の落とし所を見つけ、彼女の体を半分に折った。設楽の男茎を奥まで咥え込んで、彼女は「いい……!いいです……っ!」と嬉しそうに嘶いた。
「おまえ、紺野を見てていいぞ。……ほら、あいつも勃ち始めた」
 設楽が指摘すると、紺野は「まあね」と笑った。呼吸も、少々荒くなっているようだ。
「設楽。できれば、君たちが繋がっているところ、もっとしっかり見せてほしいな。淫乱な後輩がね、恋人に抱かれて感じているのが見たいんだ」
「見世物じゃないぞ」
 設楽は呆れたように言ったが、設楽を咥えている彼女の雌肉がきゅうんと甘い叫びを上げたのを感じ、紺野の要求に応じることにした。
「今更だが、紺野、おまえ、変な趣味してるな……」
 設楽は、彼女の上半身はそのまま、下半身のみを長椅子の背もたれ側にくねらせた。彼女は、上半身を紺野に、下半身を設楽に向けた恰好になった。
 設楽と彼女が繋がっているのが見えたらしい。紺野が唾を飲み込むのが分かった。あらわになった紺野の茎幹もぐっと凝り固まった。
 確かに、彼女の内側の感触を知れば、誰だって猛る。
 設楽は腰を前後に振り始めた。
 クチュクチュと淫猥な水音が鳴り響き、その水音に酔いしれるように彼女が喘ぎ声を発した。
 設楽が律動を繰り返すたび、彼女は快楽に嘶いた。そうこうしている内に、耳から入ってくる刺激に耐えられなくなったのか、紺野は大きなため息をついた。
「なんて声を出すのかな……。聞いてられないよ」
「この声がいいんだろ。……おまえ、それ、こいつの顔を凝視しながら言うセリフじゃないぞ」
 イラついているようにも見える紺野を、こちらも二人して眺めながら設楽は言った。
「見てみろ。あいつの手、浮付いてる。おまえが俺に入れられてるのを見て、あいつも、気持ちいいこと、したくなったんじゃないか」
「鋭いね」
 紺野はふうと息をついて、口の端を持ち上げた。
「入ってるのを生で見るのは……、イイけど、思ったよりクるよ。僕も、一人でさせてもらっていいかな?」
「好きにしろ。……ああ、そうだ。紺野の一人行為、俺たちも見てやるか。おまえもその方が嬉しいだろ?」
 設楽は彼女の耳元で小さな笑いを零して言った。
 彼女は、はぁはぁと苦しそうな呼吸を繰り返すだけで、返答もできないようだった。だが彼女の内側が高熱を帯びているのを感じるなら、答えは明らかだった。
「ねぇ、君。設楽のはどんな感じなの?」
 紺野は彼女に見せつけるようにして、自らの茎幹に触れた。
「その格好だったら、きっと奥まで入ってるよね?気持ちいい?」
「……っ!」
 彼女は口を噤んで、首を左右に振った。紺野の言葉に、感じているのだろう。設楽を締め付ける。
「答えないのか?」
「答えられないのかな……?気持ち良すぎて」
 紺野は自らの先走りを指ですくい、それを茎幹全体に塗りつけた。そうして、茎幹を根元から扱き上げる。
「設楽のを咥えて、僕のを見て……、今日の君は男性器だらけだね。満足?」
「あ、あぁっ……!」
「満足みたいだな」
「どうしようもない子なんだね、君は。はは、入れてみたいよ。その中に。口にも入れたい。ぐちゃぐちゃにしてしまいたい」
「やるなら、俺がいない場所で、俺に気付かれないようにするんだな。こいつは俺のだ」
「……だって。じゃあ、バレないところでしようね。今度、襲うよ」
「……っ!!」
 設楽に突き上げられながら、愉快そうに笑った紺野の顔を見て、彼女は達した。
 彼女の肉がきゅううと設楽を誘い込む。
 設楽もこれ以上我慢ができなかった。彼女には、常に設楽家の主治医が処方したピルを服用させている。いつもしているとおり、設楽は彼女の胎内に全ての精液を吐き出した。設楽の射精を感じ取り、彼女がああんと切ない声を上げた。
「いいんだ?中に出されて喜ぶなんて、汚らわしいことこの上ないよ、君は」
 そう言い放ったが、紺野も間もなく絶頂に至った。先端をガウンに押し付け、ガウンに精液を吸い込ませて漸く紺野は弱った茎幹を放り出した。
「あ、あぁ……、いい……」
 二本の茎が立て続けに果てたのを感じ、彼女は幸せそうに笑った。
 女慣れしていない男を二本ともに高ぶらせるなんて、とんだ小悪魔だ。
 それでも、設楽は彼女が好きでたまらない。そして恐らくは、紺野も。
 三角形を象る三点も、並びようによっては、一本の線になる。これもまた三人の有り様なのだろうか。……とんでもなく極端で、稀に見る有り様だと思うが。
 設楽は愛おしそうに、彼女の頭を撫でた。



ぼけらっこさんへ
 (2011/9/22 Asa)