250打点記念:GSバレンタインデー マスターSide 


さっきまで2月14日、バレンタインデーだった。
最近忙しくて、そんなことさえ忘れている。
もう今年で27なのだから、そういった恋のイベントにも実際無縁なのかもしれない。
女性との交際は多い方だと思うが、前の女性と別れてここ一年ほどは縁がない。
またあんまり興味もなくなっていた。
女性の身体は好きだ。
やわらかい肌、甘い香り。女性と交わることで何度もその魅力のとりこになる。
しかし、正直駆け引きなどは疲れてしまう。
甘ったるい媚も大嫌いだ。
どうせなら、いつだって正面きって対等でいられる方がいい。
言いたいことは何でも言い合える、表も裏もない付き合いがしたい。
職業上女性と接することは多いが、
色目使いをしてくる客よりは、男性と同伴でやってきて普通に接することの出来る客の方がよっぽど楽だったし、
その女性たちの方が魅力があるように思われた。



ふと右隣の席に置いてある生徒手帳を見た。
彼女のものだ。
行きつけの雑貨屋でアルバイトをしている彼女。
教師である悪友の生徒である彼女。
…その彼女が今日、オレにチョコレートを持ってやってきた。
正直、驚いた。
利発そうなのに、どこかぼんやりしていて、でも感性は抜群にいい。
そんな彼女が、まさかオレなんかにチョコレートを渡しに来るなんて予想もしていなかった。
今日、店を見上げながら立ちすくんでいた彼女を、ふと思い出した。
男性慣れしていない彼女の年頃では、きっとオレのような年上の男に憧れる時期なのかもしれない…。
そんなことを考えながら、彼女の家へ向かい、交差点を曲る。

オレは彼女の手首が好きだった。
彼女の手首は細くて、オレがぐっと握り締めると折れそうなくらいだった。
その腕に小奇麗に巻かれている数珠。
雑貨屋シモンで売られている商品の中でも、本格的な石で編まれた、少し高価なものを彼女は身につけていた。
白い手首に映える、透明なクリスタル。
その手首を思い出すと、オレは身体の奥がぞくっとする。
まだ幼いながら、どこか女を感じさせる彼女。
随分年もちがうというのに、何だか変な気分だ……。


彼女の家に程なく到着する。
この元旦に彼女を家まで送ったことがあった。
初詣の帰り、靴のストラップがとれて歩きにくそうにしていた彼女を車で送ったのだった。
普段は仕事着や制服しか見たことがなかったが、
そのとき見た彼女は正月のためか、少しエレガントな感じの服装をしていて、
とても女の子らしかったような気がする。

車のドアを開けて、外に出てみると風が冷たかった。
当然まだ2月だし、なんていったって今は真夜中だ。
身体の芯から寒さがオレを凍らせるような感覚がした。
かすかな音に誘われて、ふと上を見上げてみると、
部屋からもれている明かりの中で、彼女が窓を開けてこちらを見ていた。
オレは思わず彼女を見つめてしまう。
彼女の、全てを見すかすような瞳が、オレをじっと見ていた。
無意識の内に、オレの手は彼女を招いていた。

「オイデ」

彼女が嬉しそうにうなづいて、窓を離れる。
(あ、窓開けっ放しのまんま…)
オレは少し笑った。
少し抜けているところが彼女らしいというか、そういうところは確かに可愛かった。
ほどなく彼女が玄関のドアを開ける。
さっぱりしたベージュの寝巻きに、かっぽりとカーデガンを羽織ってこちらを見ている。
彼女の白い息が、少し赤らんだ頬を取り巻いていてとても色っぽかった。
「まだ起きてたんだね。」
オレは声を殺して言った。
真夜中、大の男がこうやって高校生の女の子のところへやってくるなど、本来なら少し常識はずれのことだからだ。
「ハイ、何だか眠れなくて…。」
困惑したような、少し嬉しそうな表情で彼女がオレに語り掛ける。
オレは息を少し呑んで、精一杯に笑顔を作って、持っていた生徒手帳をすっと彼女に渡した。
「あ、ありがとうございました。」
彼女が少しおどおどした様子で、それを受け取ろうとした。
彼女の細くて綺麗な指がオレの指に触れる。
オレは彼女の手をじっと見た。
指、手の甲、そして手首。
手首には相変わらず、圧倒的な透明感を漂わせるクリスタルの数珠が彼女を守っていた。
男を惑わせるその美しさ…。
クリスタルに取り巻かれる彼女の手首にオレは見とれた。


「…さ、冷えるからもう中に入った方がいいよ。」
正直、このまま彼女を見ていたら、オレならば車に乗せて連れ去りかねない。
オレは自分の理性に対して、誰かさんのように、それほど自信がなかった。
自分を励ますように、彼女の肩に触れる。
少し華奢だが、きちんとした骨格をした彼女の肩。健康的な彼女らしい。
「…あ、はい、ありがとうございました。」
「……いいんだ、今日チョコレートを届けに来てくれたわけだから。」
オレは自分に言い聞かせるように、そう言った。
純粋な気持ちでオレにチョコレートをくれた彼女に対して、オレの方は少し邪な気持ちを抱いているからか、少し罪悪感を感じていた。
彼女は不思議そうにオレを見て、じっと黙っていた。
何かまだ言いたいことがあるのかもしれないと思って、オレも黙って彼女の次の言葉を待っていた。

すると少し戸惑いを見せた後、彼女はオレにこう尋ねた。
「耀司さん、今日いくつチョコレートをもらいました??」
オレは正直面食らった。
まさかそんなことを聞かれるとは思ってもなかった。思わず彼女を直視する。
彼女は自分が発した言葉にもかかわらず、その言葉に困惑した様子で、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
オレは力が抜けて、息を静かに吐き出した。
「…お客さんからいくつかもらったよ。…あとは君に二つもらった。」
オレに色目を使う女性たちからも、バレンタインデーの贈り物はいくつかもらった。
高価そうなチョコレートに、高価そうなプレゼント。
ホストでもないのに、バレンタインデーにオレはそんなものをもらっていた。
それから、常連のなじみの客には、いかにも義理といった安いチョコレートをもらっていたが、
現実オレにはそちらの方が好ましかった。
しかし、やはり一番嬉しかったのは彼女からもらったチョコレートだったことも事実だ。
二つ用意して、オレの好む方をプレゼントしようとするなんて、年の離れたオレに対する彼女の思いやりがよく分かった。
…もっとも手作りの方がずっと嬉しかったが。
下を向いて思いっきり恐縮している彼女を見て、オレは微笑がこぼれるのを止められなかった。


「…さ、もう家に入りな。風邪ひくよ。」
彼女はようやくオレの言うことを聞き入れて、玄関の方へ向かった。
そこで一礼をする。
あくまで謙虚な彼女らしい。
そしてオレは彼女の部屋を再び見上げた。
カーテンと窓が全開になっている部屋で、冷たい風がカーテンをヒラヒラと舞わせていた。

彼女が再び身を乗り出す。
そして見上げているオレに気付いた。
オレは彼女に向かって微笑んだ。
職業上、笑顔を作るのは得意だが、彼女といると、自然と笑みがこぼれるから不思議だ…。
彼女に手を振ると、嬉しそうに手を振り返してくれた。
オレはその彼女を背に、車に乗り込んだ。
車の中はぬるい暖房で、少し気持ちが悪かった。
ミラーに彼女の姿が映っている。ミラーの中の少女は、じっとオレを見ている。


オレはたまらず発進する。
これ以上ここにいると、オレの心を見透かされるような気がして、鋭く強くアクセルを踏んだ。
彼女の視線がオレの背中から離れない。
…そんなに、オレを見ていると、いつか、嫌だといっても、オレの女にしてしまうぞ―
オレは心の中でそうつぶやいて、アクセルを再び強く踏む。
殆ど人気のない道路をオレは100キロすれすれまで出して、帰路に着いた。