I Love You. (前編)
新名×主(GS3)+佐伯(GS2)
「……っ」 新名に足の付け根を突き上げられ、彼女は声にならない息を吐き出した。 下の唇で新名をきゅっと咥え込み、それを丹念に味わう。その傍ら、新名の背中に爪を立てないよう細心の注意を払いながら、彼女は彼の背中にしがみついた。 「声、出して。アンタの声、聞きたい」 腹の底から声を振り絞って、耳元で囁いてみる。 彼女は切なそうに新名を見上げ、目をきつく閉じて、いやいやと首を横に振った。 いずれ我慢できなくなって啼き出すのは目に見えているが、ギリギリまで恥じらいを捨てきれないでいるところもまた可愛い。新名はハハッと小さな笑いを零し、腰をグラインドさせ始めた。 彼女が高校を卒業した日に、新名と彼女は晴れて「お付き合い」をすることになった。 同時に、彼女は一流大学入学に合わせて、一人暮らしを始めた。 お陰様で、彼女が暮らすアパートの部屋は、いまやすっかり二人の「愛の巣」である。平日の放課後と日曜日の大半の時間を、新名は彼女の部屋で費やしている。 「はぁっ……!」 彼女の背中がのけぞった。新名以外の男を知らない彼女の体は、まだ幾分か中がキツい。油断すると、高校三年生の新名はすぐに精を抜き取られそうになる。 彼女は新名を受け容れるために濡れ、新名は自分だけの彼女を味わう。何物にも替え難い幸福に、脳から変な物質が溢れてきそうだ。 しかし、新名にとってはここからが戦いでもある。 早漏、だなんて指摘されたことはさすがにないけれど、思いのままに彼女を打ち付けていたら、気持ちよすぎてすぐにイってしまうのだ。これだけは如何ともしがたい若さの弱点である。すぐに熱してすぐに冷める、だなんて、カッコ悪いにも程がある。 だがどこまでも小悪魔気質で、新名を振り回すのが得意な彼女は、尚も新名を誘惑する。 ちゃんと彼女が感じてくれているか、気になって視線を落としてみれば、彼女は頬を紅潮させて、潤んだ瞳で新名をじっと見つめ返した。 「にい、なく…んっ」 熱に浮かされたように新名の苗字を呼んだ彼女の喘ぎ声が、新名の下半身に「クリーンヒット」した。 (ヤベッ) 新名の足の付け根にぶら下がる球根がきゅうっと収縮した。 普段はぺーだのジュンだの愛称や下の名前で気軽に呼ぶくせに、新名に可愛がられているときだけ、彼女は新名の苗字を呼んだ。 そんな風に呼ばれると、まだ彼女が新名を「苗字呼び」していた頃の記憶が蘇って、胸が高鳴る。 彼女にひそかに思いを寄せていた当時、新名は彼女のことが好きで、好きで好きで、好きでたまらなくて、でも近づくための第一歩をなかなか踏み出せずに、悶々としていた。 そのときそうであったように苗字で呼ばれると、何となくではあるが、過去の自分の恋心も肯定された気になる。 自分が彼女のために紡いできた想いを全て、彼女に受け止めてもらえた気になる。 過去と現在の距離感が掴めなくなった刹那、新名は全身が総毛立つような感覚に苛まれた。 記憶と感情に五感を揺さぶられて、今にもイッてしまいそうになる。 イきたい。彼女の中に自分の思いを全て吐露したい。早く早く。新名の体は新名の心を攻め立てた。 今日も彼女の体をじっくり堪能する余裕はなさそうだ。 新名は大きく息を吐き出してから、彼女を打ち上げる速度を上げた。 「あ、いいっ……!新名くんっ、新名くん……!」 カーテンを勢いよく開けたときに降りかかってくる滝のような陽光のシャワー、それを彷彿とさせる白い世界まであと数秒のところに、新名は立っていた。 「ぺーちゃん、今日のお昼は、外で食べよっか」 二人して夥しい量の光の洗礼を受けた後、その15分後には、彼女はすっかり「日常モード」に戻っていた。クローゼットを覗き込んで、ああでもないこうでもないと言いながら、楽しそうに服を選んでいる。 こちらはまだ射精後の気だるさが抜けず、ぐったりと彼女のベッドの上に横たわっていた新名は、拗ねたように口を尖らせた。 別に、彼女をずっとベッドに拘束しておきたいとは思わない。エッチ自体は好きだし、実際、毎回遊びにやってきてはすぐに盛ってしまうけれど、それだけが目的で彼女と付き合っているわけではないのだから。 けれども、今日は日曜日である。休日である。平日のように、受験生が女子大生の部屋で情事に耽っている現実に、多少なりとも気が引ける、なんてこともない。もっとゆっくりピロートークを繰り広げたり、いちゃいちゃしたりしてもいいのではないか。 それに、切り替えが早いということは、その分彼女が満足しなかったという証でもある。新名と比較する程、他の男を知らない彼女は、「絶頂を極める」感覚を知らない可能性が高い。本当に身も心も天高くイッたのなら、そんなにあっさり「日常モード」に戻りはしないと思う。そう考えると、新名はちょっと気分が塞いだ。 「もう!聞いてるの?」 ぺーちゃん!と声を張り上げて、彼女はベッドの上に転がっている新名の方を振り返った。 口調はきつかったが、顔は微笑んでいたので、怒ってはいないらしい。 「聞いてます、よーだ」 新名はベッと舌を出して、彼女の布団をかき抱いた。昨日干したばかりというが、彼女の布団からは、それでも僅かに彼女の香りがした。シャンプーやボディーソープ、はたまたコロンなどのような人工的な香りではない、彼女という女性が放つ香りは、甘く、新名の胸を鷲づかみにする。 どうして、オレ、こんなにこのコのことが好きなんだろう? 変態じみていると思ったが、新名は彼女の布団に顔を埋め、匂い立つ彼女の香りを思い切り吸い込んだ。 新名がねじけてしまったことに気づいた彼女が、ベッドの方に戻ってきた。しかし、彼女はベッドの上に身を置くことはせず、ベッドサイドで膝立ちになったまま、新名の様子をうかがった。 「ぺーちゃん、機嫌悪い?何か怒ってる?」 新名が彼女の布団から顔を出すと、彼女は心配そうに新名を見つめていた。 普段はのほほんとしていて、悠然としている感さえ漂っているのに、新名の感情の起伏が上下するのに合わせて、彼女の表情も少しずつ変わる。 これって、ちょっと、愛されてる感じがしね? 新名の胸は大きく鼓動を打った。 あーあ、しょうがない。オレって、ホントにこのコに弱いよな。 新名は諦めたように上半身を起こした。 「べーつーに?……折角のお休みの日なのに、あんまり構ってもらえないなー、なんて、そんなこと思ってもいませんよ?全然」 「あ、甘えたい気分だった?」 彼女に笑顔が戻った。 「折角のお休みの日だから、だよ。お家でのんびりするのは、いつだってできるでしょ?ぺーちゃん、学校帰りにだってちょくちょく寄ってくれるんだし」 「そりゃ、そうかもしんないけど」 お家でいちゃいちゃするのは、確かにいつだってできるかもしれない。けれども、好きな女の子とはずっとくっついていたいものだ。新名はそう反論したかった。しかし新名が口を開く前に、立ち上がった彼女がクローゼットから一枚のワンピースを取り出した。 「ぺーちゃんとのデート用に、買ったの。お出かけしようよ?」 可愛い顔でそんな風に言われてしまっては、最早返す言葉もない。 一見しただけでも彼女に似合うだろうと思われるコケティッシュなワンピースをまじまじと見やり、新名はハイハイと重い腰を上げた。 行きたいところがあるのと彼女が新名を連れて出たのは、新はばたき駅を海岸の方へ抜けた羽ヶ崎エリアだった。 ここ十数年で一気に開発が進んだそのエリアは、透き通った空と海の青が雲と波の白に彩られて、テレビで見たことがあるエーゲ海界隈のような異国情緒があった。 ガードレール沿いの歩道を、新名は彼女に手を引かれて歩く。 微かに強弱をつけるだけの漣の音に耳を傾けながら、新名は、前を歩く彼女に声をかけた。 「どこ行くの?」 彼女が振り返り、潮風に煽られた彼女の髪がふわりと舞った。彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて、「行けば分かるよ」と答えた。 「行けば分かるよって……。何気に遠くね?」 彼女が一人暮らししているアパートから、もう15分は歩いている。風景は綺麗だし、何より一緒に歩いているのが大好きな彼女であるから、さして気にはならなかったが、どこに向かうのか聞かされていないせいか、一体いつまで歩くんだろうと思う気持ちもないわけではない。 「お腹すいた?あとちょっとだよ。ガンバレ」、彼女は新名の手をきゅっと握った。 楽しそうな声色と、それに伴った彼女の仕草に、思わず新名は「っ」と変な声を上げた。 「い、言われなくてもガンバリますとも!つーか、色仕掛けは反則でしょ」 「色仕掛けって……、失礼だなぁ」 彼女はクスクスと笑って、新名の手を握っている手を大きく振った。 「もうそろそろ着くよ。あ、ほら、あそこ。ここからも見える」 彼女は新名と結ばれていない方の手で、海岸線を辿った先に見える小高い丘を指差した。 「ん?あそこって……」 新名は目を凝らした。 海岸線を断絶するかのように、小高い丘から海に向かって突き出たところに、白い灯台が佇んでいる。 はばたき市内に住んでいるとはいえ、用がなければ羽ヶ崎エリアに赴くことなんて滅多にないが、新名はその灯台のことを知っていた。 いや、最近はばたき市に移り住んできた者ならともかく、以前から市内にいる住人は羽ヶ崎の人魚の伝説を、皆、昔語りとして知っている。 正確に言うなら、数十年前、羽ヶ崎に伝わる物語を羽ヶ崎出身の芸術家が絵画に表したことによって、それは一躍有名になった。 そのため、羽ヶ崎に縁の深い者や羽ヶ崎学園の生徒たちは、今も羽ヶ崎の灯台を特別なものとして見ている。羽ヶ崎出身のバンド「レッドクローツ」のボーカリストも、ラジオ番組でこの灯台について語っていたっけ。 しかし、何故羽ヶ崎の出身でもない彼女が、新名をそこへ連れていこうとしているのだろうか。 付き合い始めて数ヶ月経過しているのに、今更伝説にあやかりたいわけでもないだろう。何より時刻はもう13時を過ぎていて、新名はお腹が空いていた。 新名の脳裏に浮かぶ疑問に答えるように、彼女は小首を傾げて言った。 「研究室の先輩の知り合いがね、今年になって、お祖父さんから受け継いだお店を再開させたんだって。喫茶『珊瑚礁』、ぺーちゃんの大好きな葉月珪が行きつけだったお店らしいよ。知ってた?」 新名は目を丸く見開いた。その喫茶店の名前は確かに聞いたことがあった。海岸沿いから眺めるなだらかな丘から灯台へ続く地形も、言われてみれば、何かの写真で見たことがある気がする。 ただ、彼女が言ったように、葉月珪がその店に足しげく通っていたのは、彼が大学に通っていた頃の話で、最近ではその喫茶店の話は聞かない。大学卒業と同時に葉月の足が店から遠のいてしまったのだと思っていたが、お店の方が一時閉店中だったのか。 折角だから波打ち際を歩こうかという彼女の提案に頷いて、新名は彼女と一緒に防波堤から砂浜へと石の階段を降りた。 まだ海開きされていない海は静かで、同じように散歩を楽しんでいる人たちが数組いる程度であった。 海辺の散歩デートは、何度かしたことがあるけれど、羽ヶ崎の方まで足を伸ばしたことはない。同じ延長線上にある海岸でも、砂浜の質が微妙に異なるのが不思議な感じだ。 「風が気持ちいいね」 「ホント、いい風」 「潮の匂いが強いね」 「ま、海だし?」 「確かにそうだね」 交わす会話は他愛のないものであったが、新名は幸せだった。 体を繋いで、手を繋いで、言葉を繋ぐ。互いの想いが重なり合っている確かな感覚に胸を膨らませながら、新名は海から吹きつける風を深く吸いこんだ。潮のきつい匂いに、鼻がつんとした。 店の扉を開くと、「いらっしゃいませ」と流れるような丁寧な声が店内から響き渡った。 だが次の瞬間、店の奥から現れた男性が、「なんだ、お前か」と口を切った。 「えへへ、遊びに来ました。先輩に誘われて」 「俺は、お前を招待した覚えはないけどな」 「佐伯先輩だけが先輩じゃないですもん」 佐伯と呼ばれた男性はむっとした表情をしたが、彼女ははばたき市きっての不良と名高かった桜井兄弟を手玉に取ったローズクイーン、怯むことなく堂々としている。 佐伯は、ふん、と鼻を鳴らしたが、彼女の傍らに立っている新名に気を使ったのだろう。ちらりと新名に視線を流すと、新名には柔和な微笑みを浮かべた。 「ようこそ、珊瑚礁へ」 「あ、ども……」 新名は軽く会釈した。 この男性が、彼女の言っていた「先輩」だろうか?程良く焼けた容貌はいかにも精悍で、女性にモテそうであった。こんな男性が一流大学にはゴロゴロいるのだろうか。彼女を信用していないわけではないが、「大人の余裕」を兼ね備えた佐伯のオーラに、新名は不安を隠せなかった。 彼女は新名を見上げて、それから佐伯に視線を戻した。 「今日はわたしの彼を連れてきたんです。新名旬平くん。モデルの葉月珪のファンだから、葉月珪が愛したっていう珊瑚礁の雰囲気を是非味わってほしいなって」 わたしの彼、という響きに、新名の胸は躍った。 彼、彼、彼。それはつまり、恋人ってこと?ヤベェ、オレ、今、彼女の恋人として紹介されてる。 心臓がバクバク言い始めたのを気づかれないように、新名は大人しく「に、新名です」と頭を下げた。 それから彼女は、佐伯を新名に紹介した。 「ぺーちゃん、こちらは佐伯さん。わたしがたくさんお世話になってる研究室の先輩の、恋人」 「佐伯です。……へぇ、君が噂の”ぺーちゃん“なんだ」 佐伯に「ぺーちゃん」と呼ばれ、新名は瞠目した。 まさかと思うが。 彼女の方に目をやると、彼女は平然と微笑んでいた。新名はそろそろと彼女に尋ねた。 「まさか……、アンタ、大学で、オレのこと、そんな風に呼んでるんじゃ……?」 「うん?そうだよ。ぺーちゃん」 彼女からは、思いっきりいい笑顔が返って来た。新名はがっくりと肩を落とした。 「ハァ、また子供扱いだよ……」 「子供扱いしてないよ!ぺーちゃんはぺーちゃんでしょ?」 彼女は無邪気に笑った。 あーヤダヤダ。ホントに、このコは、何考えてくれちゃってんの。 効力は殆どないと分かっていたが、新名は恨めしそうに彼女をねめつけた。 そこに、「まぁまぁ」と佐伯が割って入る。 「とりあえず、中へどうぞ。もうすぐ、アイツも買い出しから帰って来るから。ランチでいいんだろ?」 新名はまだじっとりと彼女を見やっていたが、いつまでも駄々をこねているのも大人げないのだと覚った。 三度目の会釈をして、新名は佐伯と彼女の後に続いて、店の奥へと進んだ。 →後編(新名主+葉月)に続く
凛さんへ
(2010/9/23 Asa) |