藍と墨のあいだ(4)
紺野×主×設楽 (GS3)

 お湯の温度を40度に設定し、蛇口を捻る。雨よりも繊細で、しかし雨よりも無機質な水滴が紺野の頭の上から降り注いだ。
 温かい。シャワールームはあっという間に湯気に包まれた。周囲がはっきりと見えないのは、眼鏡を外したからだけではない。
 程なくして、開き戸が開いたのが分かった。はっきりと音が聞こえたわけではない。ひんやりとした空気が足下に流れ込んできたから、彼女がやってきたのだと思った。一瞬迷ったが、考えてみれば今更迷うのもおかしな話だ。紺野は腹をくくった。
「こんの、せんぱい」
 力んでいるのか、彼女の声は少し掠れていた。
 紺野はゆっくりと振り返った。彼女は後ろ手に開き戸を閉めると、その場に立ち尽くした。縦長のタオルで、胸から下半身にかけて覆い隠していたが、何も身に着けてはいないようだ。
 紺野は咄嗟に後悔した。彼女がこの浴室に来てしまったことに対して、ではない。紺野は、既に蛇口を捻り、お湯を出してしまっていた。浴室は既に湯気で満たされており、また紺野も眼鏡を外してしまっている。クリアな視界の下で彼女の肉体を見られないことを、紺野は悔やんだのである。
 シャワーが床を叩きつける音が、まるで拍手のように聞こえる。紺野は濡れた前髪をかき上げ、目を細めて彼女を見やった。目を細めたら、近眼の自分でも、いくらかは彼女の姿が明瞭に見える気がした。

「……本当に来たんだ?」
 紺野は白けたようにせせら笑った。
 紺野が来いと言えば、彼女は来るであろうと予想していた。
 だがそこから先は、漠然と思い描いただけであったから、すぐさま次の行動に移ることはできなかった。
 数秒シャワーが流れる音を聞き過ごしてから、紺野は口を切った。
「君って、結構ふしだら、なのかな?男性用のシャワールームに、裸で平然と乗り込んでくるなんて」
 喉元が震えているのが分かった。幸い、シャワーの音が浴室内に反響しているから、彼女にそれを気付かれることはないだろう。紺野は彼女を、それから肝心なところで怖じ気づきそうになっている自分自身をあざ笑うかのように口角を持ち上げた。
「わたし……」
「わたし……、何だい?」
 戸惑っているのだろう。彼女は口を開いたものの、その続きを言うことなく、俯いて口を噤んだ。
 ああ、一体、僕はこんなところで何をやっているのだろう?彼女に何と言ってもらいたいのだろう?
 そもそも、彼女が本気で設楽を慕っているのであれば、男性用のシャワールームへ呼びつけた紺野を軽蔑することはあっても、紺野の誘いに応じることはなかったのではないか。
 そう思いたい気持ちが、紺野の耳元で甘い囁きを語りかける。
 彼女に何を求めているのか、紺野自身は気が付いていた。
 紺野は、彼女の唇から自分への好意が語られるのを欲している。紺野に好意を抱いているから、衣服を脱いで男性用のシャワールームへやって来たのだと、彼女にそう言って欲しいのだ。
 紺野は胸に鈍い痛みを感じた。
「先輩が来いって言ったから、来ただけ?そう言いたいのかな?」
 実際は、そんなところだろう。紺野と彼女の関係を考えれば、彼女が紺野の命令に反発しないことは、あまりにも明白であった。
 全て分かった上で、自分でそう仕向けたくせに、判然として生じる期待と現実の矛盾には成す術がない。
 紺野は大きく息を吸い込んだ。不愉快な痛みは胸の中で一気に拡散した。
「……僕はそれでも構わないけどね」
 紺野は足を踏み出した。
 手を伸ばし、彼女の腕を握る。
 彼女は、あっと声を上げたが、逆らうことはなかった。紺野が引き寄せると、彼女は大人しく紺野の腕の中に収まった。
 彼女の顔にシャワーが降りかからないように、けれども寒さで震えたりしないように、体勢に注意を払いながら、紺野は背中を折り曲げた。
 紺野が顔を近づけても、彼女はやはり抵抗しなかった。
 設楽に何度も抱かれてきたのだろうから、「慣れてるね」なんて、改めて茶化すまでもない。
 慣れている子が相手なら、僕だって遠慮しなくていいんじゃないか。
 紺野は彼女の唇をそっと食んだ。彼女が紺野を誘導するように唇を開いたおかげで、難なく舌を滑り込ませることができた。彼女の歯の裏の羅列をなぞって、口肉を突く。
「ん、ふぁっ……」
 彼女の口から、艶めかしい吐息が零れた。彼女の顔に目を落とすと、彼女は恍惚とした表情で紺野を見上げていた。
 湯のシャワーを背に受けているはずなのに、冷たいシートを背中一面に貼り付けられたかのようにぞくりとした。
 彼女の名前を呟き、再び口を啄む。
 すると、彼女の手が紺野の背中に回され、紺野を抱き止めた。
 あたかも紺野とこんな風にくっつき合うことを待ちわびていたかのような彼女の仕草に、紺野の気持ちも紺野の下半身もぐっと漲った。
「っ……!」
 ぶるりと勃ち上がった紺野の尤物が、彼女の下腹部に引っ掛かった。
 熱を孕んだそれは、摩擦の抵抗を押しのけようとわなないていた。今すぐにでも柔らかい温もりに包まれたい。身を飲み尽くす激流のような欲求が、紺野の両脚の付け根から沸々と沸き起こった。
「せんぱ……い」
 口づけの合間を縫って息を継いだ彼女は、敢然と奮い立つ紺野の茎幹に手を添えた。
 そして彼女の手は、彼女の下腹部で行きとどまっていた茎幹をそっと解放した。
 彼女は人差し指と中指の腹で紺野の幹の付け根を優しく擦り、手のひらで茎全体を包み込んだ。幹の裏筋に浮き立つ管を見つけると、その部分を愛おしそうに撫でた。
「あ、ぁ……っ」
 堪えようにも、あまりの気持ちよさに紺野も声を押えられない。
 この手は、今紺野にやっているのと同じように、設楽の敏感な部分も弄繰り回してきたのだ。そうでなければ、男の茎幹を前にしてこれほど積極的に触れてくるわけがない。
 けれども、紺野は何故か、彼女を汚らわしいとは思わなかった。
 紺野は、設楽の指によって快楽へ導かれた彼女の姿を目の当たりにした。だが、その媚態を見せつけられても尚、彼女に欲情してしまうのだから、恐らくは紺野も二人とさほど変わらないのだろう。あるいは、彼女に簡単に触れることの出来る設楽に、ただ羨望が入り混じった嫉妬を抱いていただけなのかもしれない。
 そう割り切ったら、大胆な行為に踏み出すことにも抵抗がなくなった。
 彼女の指が楽器を奏でるように尤物を扱くのを堪能したところで、紺野は彼女の耳元で彼女の名前をささめいた。
「君の口の中に入れさせてもらいたいんだけど。……構わない?」
 紺野がやや強気な語調で尋ねると、彼女は「はい」と素直に首肯した。
 彼女が右足、続いて左足を折って腰を落とす。紺野は彼女の頭上にシャワーが当たらないように体勢を変えた。彼女は紺野の茎幹を指で摘み、ゆっくりした動作でそれを口に含んだ。紺野の茎幹は、ズルズルッと地を這いずるような音を立てながら、彼女の口の中に入り込んでいった。
「あ、あぁぁ……っ」
 紺野の呻きに応え、彼女は上下の唇で支えるようにして紺野の茎幹を咥え込んだ。唾液を絡め、歯にぶつからないように上下し始める。
「く、うっ」
 紺野はまたしても嗚咽を漏らした。
 彼女が上目遣いで紺野の顔へ視線をやった。紺野の視界は依然としてぼやけていたが、彼女はどうやら紺野の様子を確認しようとしているらしい。もしくは媚びた視線を送っているのか。
 彼女の表情を想像して、紺野は思わず射精しそうになった。
 ぶるぶると震えた紺野の茎幹から、紺野の絶頂が近いことを覚ったのか、彼女は紺野を咥えたまま「いいれすよ」と言った。
「せんぷぁい、ぅわたしなら、かむぁいますぇん」
 そう言って、彼女は舌で紺野の茎の裏側を執拗に舐った。
 彼女は、紺野が気持ち良いと感じるところをもう把握してしまったらしい。どこに射精すればよいのか、彼女に尋ねる前に、紺野の快感は最高潮に達した。
 出てしまう、そう思った直後のことであった。紺野の茎に鬱々と詰まっていた情欲は、堰を切ったかのように溢れ、彼女の口の中に放たれた。
「あ……、ぁっ!」
 茎の先端から零れ落ちた精液を、彼女は口で全て受け止めた。
 紺野が精液を出し切った後も、ソフトクリームを舐めるように、舌でぺろぺろと紺野の茎幹を舐めまわしている。
「……は、ぁ……。は、ははは……」
 気持ちよくしてくれて有難う。あんなものを一滴残さず飲んでくれて有難う。
 感謝を述べるより先に、紺野は笑っていた。
 紺野の茎幹を飽きずにしゃぶり続けている目の前の彼女は、一体誰なんだろう?
 彼女はいつの間に、こんな風になっていたんだろう?
 全部自分が教えてやりたかった、なんて傲岸不遜なことは言うまい。自分に自信がなくてなかなか踏み込めなかった、なんて卑屈なことも言うまい。
 ただ、紺野より設楽の方が、情欲に素直に、彼女との距離を縮めただけだ。
 思えば、三角形を成していると思っていたのは、紺野一人だったのかもしれない。
 三人で一緒にいる時間が多いと思っていたのは紺野だけで、男の前で裸になるのも、男の茎幹に触れたり舐めたりするのも気にならないくらい、彼女の身体は設楽の手によって紐解かれていた。

「もういいよ」
 紺野は冷たく言い放って、彼女の口から自らの茎幹を引き抜いた。
 名残惜しそうにそれを見つめている彼女に、無性に腹が立った。
 紺野は彼女の身体を引っ張り上げると、浴室の壁に、紺野に背中を向ける格好で、彼女の身体を押しつけた。
 シャワーが彼女の肩に降りかかって、床に落ちる。水音は、それまでとはまた違うリズムを刻み始めた。
「このまま、君の中に入れていいんだよね?」
 否とは言わせない高圧的な口ぶりで、紺野は彼女の後頭部から声を掛けた。
 彼女が息を呑むのが分かった。肩が小刻みに顫動している。
 緊張?恐怖?
 否、いずれでもない。彼女は、無理を強いる紺野の態度に、昂揚している。お湯が当たっていないにも関わらず、耳が赤く染まっているのが良い証拠だ。それが分かって、紺野は鼻で笑った。
「設楽に色々仕込まれたんだろう?」
 萎れかけていた茎を彼女の脚の付け根に添え、腰を前後に揺らした。
 お湯ではないが、お湯のように熱を帯びた、ねっとりとした液体が紺野の茎に付着した。
 彼女の身体は、既に、男の茎幹を受け容れる準備を万端に整えている。
 紺野は自らの茎幹を、蜜を垂らす彼女の谷間に幾度も擦りつけた。
「は、ぁっ……、こんの、せんぱ……いっ」
 彼女は背中をしならせ、あんあんと喘いだ。
 摩擦熱を受けて紺野の茎幹が先程の勢いを取り戻していく。それに合わせて、彼女の蜜も量を増していった。
「君も欲しいの?」
 紺野は嗤いながら尋ねた。
「すごく濡れてるみたいだけど……。これまで、設楽のは何回くらい咥えたの?」
「や……っ」
 彼女は躊躇いがちに、いやいやと頭を左右に振った。
「嫌、じゃなくて。どれくらいのペースで、君たち、こういうことをしてるの?」
「は、ぁ……んっ!」、紺野の猛る尤物を脚の間に感じ、彼女の体がびくんと跳ねた。
「君がこんなになるくらいだから、相当の回数を経験してるんじゃないかな、なんて勝手に推測してるんだけど。……違う?」
 彼女は無言でもう一度頭を左右に振った。今度のそれは「違わない」という意味だろう。
「ふうん」
 あれこれ問い詰めたくせに、紺野は興味なさそうに答えた。
 しかしながら、茎幹はほぼ再起立している。そろそろ頃合だろう。紺野は彼女にそれと伝えることなく、下から突き上げるようにして、一気に彼女の脚の付け根を突貫した。
「は、ぁぁぁん!」
 彼女は驚きか嘶きか分からない叫び声をあげ、ふるふるとヒップを震わせた。
 いきなり貫かれたにも関わらず、その腰の動きは酷く扇情的で、紺野の目をくぎ付けにする。
「本当……、君、慣れてるよね」
 紺野は侮蔑の言葉を吐き捨てた。
 彼女の蜜に助けられるのを良いことに、彼女の中にぐりぐりと茎をねじ込んでゆく。
 あっという間にそれは収まり、茎の先は彼女の奥に到達した。
「はは……、君の中、すごいことになってるよ」
「あぁっ、紺野、先輩っ……、い、いぃですっ……」
 彼女はひぃはぁと息を切らして言った。
「先輩の、いい……っ!長くて……、奥まで……っ!」
「長いとか、そんなことまで分かるの?……呆れるな」
 ははは、再び紺野は乾いた笑いを浮かべた。彼女の腰に両手を添える。突き出すようにして紺野にヒップを捧げている彼女の後背から、激しく攻め立てた。
「あぁ……っ!ひぁぁん!はぁっ!い、いいぃぃっ!」
 彼女のヒップの割れ目の間から、しとどに濡れた紺野の茎が彼女の肉の中に入り込んでいるのが見えた。
 彼女と繋がっている。
 この一瞬だけは、彼女は紺野を受け容れるために濡れ、紺野の突き上げを喜んでいる。
 そう思うと、いよいよ彼女に自分の欲求を打ちつけたくなった。
「何でこんなにぐぢゅぐぢゅになってるの?ほら、すごい音。設楽が聞いたら激怒すると思うよ」、紺野はくすっと含み笑いをした。
 そうして、彼女の背中に覆いかぶさり、彼女の肩を甘噛みする。
「誰にでも脚を開くんじゃない、ってね……」
 紺野は、低く、咎めるような声で言い放った。
 その瞬間、彼女の蜜壺がきゅうっと締まった。彼女は切なげに声を上げた。
「あぁん……っ、紺野先輩……っ」
「何?今更許しを乞うの?滑稽だな」
「いや、先輩……っ、ごめんなさい……」
 だが、謝りながらも、彼女はきゅうきゅうと紺野を締め付ける。どうしようもなく身体の内側で紺野を感じている。
 紺野は目を見開いた。
(もしかして……)
 彼女は紺野に非難されたがっているのだろうか?
 ただ強気な紺野に押さえつけられるだけではなく、咎められ、責められたいと思っているのだろうか?
 何故?
 何故、設楽に好意を抱きながら、紺野と繋がって喜ぶのだろう?
 単に淫らなだけなのか。
 それとも。
 淡い期待が胸の中で弾ける。迸る情欲で彼女を攻め立てていたのが、急に彼女が愛おしくなってしまった。
 紺野は彼女と身体を密着させ、彼女のうなじにいくつもの口づけを降り注いだ。
「もしかして、僕ともしたかった?設楽だけじゃなくて、僕ともこういうことがしたかったんじゃないの?」
 ねぇ、どうなの?教えてよ。
 子供がお姉ちゃんに甘える風に、紺野は猫撫で声で聞いた。
 彼女はますます熱に魘され、悶えた。
「あぁ、先輩……!すき……!すきです……!紺野先輩、だいすきです……!」
 螺旋の外れたオルゴールのように、彼女は何回もその言葉を繰り返した。


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ぼけらっこさんへ
 (2011/7/5 Asa)